其の拾壱  田中祐樹 (Ⅱ)

文字数 2,070文字

ちょうど三日前、行きつけの祇園の高級クラブで、一人で飲んでいる時に、ある不動産に関する話を耳にした。俺は、新聞やテレビといったマスゴミを信頼してないのでネットしか見ないし、政治になんて興味ないけど、年末に京都の市議が悪いことして逮捕されたとか、逃げたとかという話があった。海外に逃亡したとか、実は、もうみんな殺されてるんじゃないかとか、一瞬だけどマツリになっていたので覚えている。何やら、その市議が、京都の南部に持っていた広大な土地が売りに出されていて、それをどこかの会社が開発のために買ったということらしい。
その社長だか責任者だかが京都に来ていて、そのクラブにふらりと立ち寄った時に、偶然、俺の隣の席に座った。縞のスーツに丸い眼鏡、目立つオレンジ色の中折れ帽、女優のようなきれいな女と、丸い眼鏡をかけた化粧気のない髪をゴムで括っただけのあか抜けないおばさん秘書をつれていた。いい女の方のド派手な真っ赤の超絶ミニのスカートが気になって、ちらちら見ていると、「京都南部の土地」「再開発」「永井」「M&M」「質の高い工務店が必要」という単語と、「ここで話をしたことは極秘」「情報が洩れると面倒なことになる」と何やら面白そうな話が途切れがちに聞こえた。
はじめて見る顔で常連ではない。ただ、いつもは高飛車なママも、その客たちの前ではかなり緊張していたので、大会社の社長かそれなりに力のある奴なんだろう。
一応、不動産の話のようなので、そんな面白そうな話があったんだと絵里さんに伝えると、それを聞いた彼女の目の色が変わった。

「社長、わかりましたよ。その話は本当でした」
彼女は、部屋に入ってくるなり、鞄から書類をだした。
「これがその登記簿謄本です。一帯の土地が永井という行方不明になった元市議の会社から、M&M投資顧問という会社に所有権が移っています。あそこは一〇万坪以上のまとまった土地で、JRや私鉄の駅にも近く高速道路ともアクセスが良いのですが…」
難しい専門用語や登記簿謄本だとかいう書類見せられても、何のことだかさっぱりわからないが、確かに、「M&M投資顧問」という会社名の横に、【所有権移転登記】と書いてある。いつも冷静な絵里さんの首筋が、興奮しているのか少しピンク色になっている。
あそこはノーチだとか調整なんとかとか言っていたけど、つまりは化ける可能性のある土地で、旨く食い込めばリアルに儲かるということだろう。
いつもはクールビューティな彼女が、めずらしく興奮している。白いスーツを脱いで、ベッドの上に放り投げると、はち切れそうな大きなEカップの胸が黒のブラウスからせり出してきて、ボタンの隙間からピンクのブラジャーが見え隠れしている。目の前で足を組まれると下半身がビンビンになって押し倒したくなるが、我慢してもう少しその話を聞く。

「M&M投資顧問って何者?」
「全くわかりません。ただ、多くの場合、この手の会社はペーパーカンパニーかプロジェクトのためだけに作られたSPCと呼ばれる特別目的会社です。会社の所在地にも行ってみましたが、転送電話だけが置かれた貸しオフィスで誰もいませんでした。ただ、銀行やノンバンクの抵当権もきれいに無くなっているので、資金は相当豊富であることは間違いありませんね」
「いまなら中国とか、外資の会社?」
「わかりません。最近、京都には海外からの投資資金もたくさん入っていますからね。社長は、その方々のお顔をみられていますよね。もう一度会えばわかりますよね」
「うん、覚えてるよ。丸い眼鏡をかけたオレンジ色の帽子の男。五十歳くらいで、多分、日本人。あと愛人みたいな派手な女と秘書みたいな地味な女。すぐにわかる」
「やっぱり社長はすごいです。引きが強いんですよ。色々なところに探りをいれてみましたが、M&M投資顧問の名前は知っていても、誰がやっているのか、どのような組織なのか、まったくわかっていません」
「引きが強いって、運がいいってことかな?」
「例えば、麻雀はずっとやっていれば、最後は強い人が勝ちますが、半荘程度であれば上手く牌が回ってくる人が勝ちますよね。パチンコやルーレットなどの賭け事は運が大半ですし、逆に将棋や囲碁は必ず強いものが勝ちます。同じように、ビジネスでもそれぞれに、勝つためのノウハウと運気のバランスというものがあります。もちろん、不動産にも基本的なノウハウや知識は重要ですが、普通の商売と違って生き物なので、なにより情報が重要なんです。社長には、不動産の女神に好かれているってことですよ」
「そうかな、じゃぁ俺と絵里さんが組んだら、敵なしの最強やな」
そう言うと、我慢できなくなって、透き通るようなきれいな目に吸い込まれるように、そのままベッドに押し倒した。俺にとっての不動産の女神は絵里さんだ。こうなった以上、俺は責任を取るつもりでいる。二つ年上だが、俺は彼女と結婚して、このまま副社長になってもらいたいと思っている。
絵里さんも俺がそう言うのを待っているに違いない。
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