第20話 花園神社

文字数 1,135文字

 食事をゆっくりとれそうな場所。俺には心当たりがあった。歩いている途中で見つけた神社だ。一関にいた時はいつも、日が沈むまで、鬼死骸八幡という神社で過ごしていた。それに似た静謐な自然が、この大都会にも残存していたのだ。
 徒歩5分。俺は改めて、鳥居の横にある石碑を見た。『花園神社』と書いてある。いい名前。時間もあるので、縁起も読んだ。「江戸時代、尾張藩の庭をもらって設立されたので、花の園という名前になった」と書いてある。花の咲き乱れる立派な庭だったのだろう。うん。美しいら。
 俺は辺りを見回し、石段に座った。神社の中には、いつでも爽やかな空気が流れている。なぜだろう。どこの神社でも同じ清らかさを感じる。もしかしたら、全ての神社は同じ空間で繋がっているのかもしれない。俺は、鬼死骸八幡神社に思いを馳せた。
 贅沢な気持ちで、湯気の立っているキムチ入りネコマンマを見る。俺の母は、食事を作ってくれなかった。コンビニの食事じゃないのは3ヶ月ぶりだ。
 シモダから貰ったスプーンを使って、ご飯をすくう。一口。わ。温かい。美味しすぎる。その中でもキムチは、今まで食べたことがないくらいの旨辛だ。確かに、シモダさんが言っていただけのことはある。
 俺は一度だけ、冷麺で有名な『ヤマト』のキムチをおばあちゃんに食べさせてもらったことがある。あそこが一番美味しいと思ってたけど、キムチをなめていた。美味しさにも、色々なパターンがあるようだ。俺は夢中になってスプーンを動かし続けた。
お腹が空いていたのだ。山盛りに入っていたネコマンマだったが、背の高い成長期の俺は、瞬く間に平らげてしまった。
 そういえば。
 なぜか俺は思い出した。初めて教室に雪を持ち込んだ時のことを。あの時もこんな感じで、すぐに溶けて無くなったら。脳が動き始めたのだろう。学校での思い出が次々に頭をよぎる。俺は体が大きいので、表立って誰かにいじめられるようなことはなかった。ただ、「大谷翔平みたいなのに何もできない」と揶揄される以外、誰からも興味を持たれなかっただけだ。
 なぜだろう。別段楽しい思い出もなかったが、たった2日だというのに、もう、一関が恋しくなる。
 俺は立ち上がり、神社の隅でシャドーボクシングを始めた。『ホーリーランド』という漫画がある。いじめられっ子が独学で喧嘩の練習をして、不良の世界を生き抜いていくという物語。そこに描かれていた練習だ。ジャブからのストレートを1000回。俺はいつも、鬼市街八幡神社の御神木に向かっておこなっていた。腰の入れ方。フットワーク。間合い。真剣に考えながら打ち込むと、1時間が、あっという間に溶けていく。俺は、自分の有り余る青春のエネルギーの消費方法を、これ以外、知らなかった。
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