第16話 ハローワーク(2)

文字数 1,122文字

 初めてハローワークに来た人は、まず、総合受付に行く。そこで相談の上、仕事が決まるまで、自分専用の担当者がつくらしい。
 俺は、言われた通りの総合受付に行った。今度の職員は40代のおじさんだ。おじさんは、またも、俺を見るなり値踏みする。
「なんか、身分証を見せてください」役人仕事。今どきSiriだってもっと愛想よく喋る。
 俺は、先ほどと同じように学生証を見せた。おじさんは疲れたなぁという顔で確認した後、「ふぅ」とため息をついた。
「西條くん。15歳か。いや、15歳はいいんだよ。でもまだ、君は中学校も卒業してないよね? しかも、住民票は岩手かい?」
「はい。でも、ここで仕事が欲しいんです」
「何でだい?」
 俺は、なるべく情に訴えかけるようにして、自分が親に捨てられたという経緯を涙ながらに話した。
 おじさんはうなづきながら聞いている。だが彼は、今まで、若者の相談をたくさん受けてきた。ここに来る人は、自分を正当化するために嘘を吐きまくる。親身になればなるほど嘘は壮大になり、やがてババを引かされる。それが、おじさんの人生で得た経験だ。だから、今回のハツジの発言も、話半分で聞いている。
 おじさんは、持っているボールペンを指で回した。
「んー。なるほど。かわいそうに。でも、日本は義務教育だからなぁ。後、たった一年だろ? 一度岩手に戻って、せめて中学を卒業して、それから、東京に出てくればいいんじゃないか? そしたら、私を指名しなさい。西條くんに合いそうな仕事を選んでおくよ」
 なるほど。やはり、こいつも敵か。ハローワークとは、ただ黙って、俺がやりたいことを手伝ってくれる。そんな施設ではないんだな。中卒じゃなきゃダメとか、岩手に帰れとか。できるならとっくにやってるわ。この国では、犬と未成年には、ペットか野良以外の選択肢がない。
「分かりました。帰ります」憤りの衝動が体を満たしていく。一人になって落ち着かなくては、何をするか分からない。おじさんから学生証をひったくり、振り返りもせずに階段へと向う。
「ちっ。そういう態度だから仕事が紹介できねーんだよ!」と言うおじさんの声を後にして。
 腹が立つ。誰も俺を分かってくれない。9階分の階段を足音でかく歩きながら、俺は、これからどうするか考えた。いや。これからのことより、まずは今だ。最後に食事してから、だいぶ時間が経っている。もう、エネルギーもエンプティーだ。燃費の悪い体。少し目眩もする。まったく。腹も立ったり減ったりと、少しも落ち着こうとはしてくれない。
 所持金は84円か。とりあえずコンビニ行って、安くて一番カロリーの高いお菓子でも買うか。俺は腹を押さえながら、トボトボ、野良犬のようにして外へ出た。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み