第2話 ドン・キホーテ歌舞伎町店

文字数 1,345文字

 東京には高速道路で行く。ハイエースの中は、後部座席まで荷物が詰まっている。2度のサービルエリアを挟んで約7時間。助手席にいる母は、楽しそうに、運転席の男と話していた。久しぶりの母のツレは、今まで見ていたツレとは態度が違う。どこかよそよそしい。母より若く、やけにチャラい。運転をしているからだろうか。母と目を合わせることもほとんどない。冷めた目つきだ。
 俺は、長くなりすぎた手足を窮屈に折り曲げ、後部座席に詰まった荷物にしがみつき、バックミラー越しに母を見た。口元には、ほうれい線がくっきりと浮かんでいる。肌からも、安っぽい化粧も浮かんでいる。
 『母の人生というゲーム』は、一体どんなゲームなんだろう。そのゲームの主要人物に俺は入っていないような気がする。俺はなんだか、心の中に穴が空いているような気分になった。
 国見と佐野のサービスエリアに止まり、いよいよ東京に入る。徐々にビルばかりが目に映るようになる。発展しているのは駅前だけだと思っていた。テレビでは、発展している場所だけを切り取って放映しているのかと思っていた。だが違う。東京は、全てが発展していた。これほどとは。テレビで見るよりも圧倒的な大きさと量が、ハツジの目に飛び込んできた。

 大きな道路では、見たこともないほどたくさんの人と車が行き交っている。ツレの男は、車を止める場所を探していた。道路看板を見る。ここは新宿だ。
 俺は、激安の殿堂『ドンキホーテ』を見つけた。7階建てで、狭くて高い。一関のドンキは1階しかなかったが、横に10倍は広かった。ここの建物の隣には、ホームセンターの『ダイユーエイト』もない。大きな駐車場もない。勝ったな。俺は、地元の勝利が嬉しかった。
 だが、敷地面積は狭いのに、入口から溢れ出るようにして商品が並んでいる。まるで、10倍以上の敷地面積だった一関のドンキ商品を、この小さな高層ビルに無理やり詰め込んだようだ。まるでオモチャ箱。これはこれでワクワクする。同じものが販売されてんのだろうか。一度、行ってみたい。

 ツレは、「少し先の信号で、車を一時的に停められそうだ」と言った。母は、目を合わせてはくれなかったものの、今回の旅行で初めて、俺に向かって言葉をかけてくれた。
「ハツジ。観たい映画があるって言ってたわね。行ってらっしゃい。終わったら連絡するのよ」
 やはりか。3人で東京観光をするはずがない。それは分かっていた。母と一緒に遊べるなんて夢イベント、さすがにあるはずがない。ツレと東京デートをするついでに、高速道路の値段が勿体無いから連れてきてくれた。そんなもんだろう。けど、こんな気まぐれは滅多にない。東京に来られただけでも、俺にとっては神イベントだ。
「分かった」母からは、最低限しか口を聞くなと言われている。機嫌を損ねてはならない。俺はそれ以上、何も言わないように気をつけた。
 俺の態度に満足したのだろう。母は、2000円を手渡してくれた。お金を貰うのは初めてだ。俺は、意図的に母の手に触れた。バレると嫌な顔をされる。あくまでも自然を装う。
 あっ。触れた。露骨に顔を歪め、すぐにアルコール消毒をされたものの、俺は、物心ついてから初めて、母の温もりを感じた。その温もりは、少しカサカサとしていた。
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