第54話 平本蓮

文字数 1,234文字

 YouTuberとしてお金持ちなのに格闘技に真剣な朝倉未来。自分の目指すスタイルの先にいるイズラエル・アデサンヤ。俺は最近、同じくらい気になる選手ができた。平本蓮だ。
 この選手は、若い頃から有名だった。ただし、MMAではなく、立ち技の世界でだ。12歳でU15ボクシング全国大会で優勝。16歳でK-1甲子園優勝。俺と同じ17歳には、すでにK-1のトップ選手になっていた。イケメンで、恋愛番組にも出演し、モデルとも付き合っていた。そのまま生きれば順風満帆だった。
 だが現在、MMAの世界チャンピオンになりたいという夢を抱き、地位も名誉も女も金も、全ての欲望を将来にベットしている。
 SNSでは、口だけの嘘つきオオカミくんとして有名だ。名前だけは前から知っていた。1年半前に、「UFCチャンプになる」と鳴り物入りで挑んだ初戦、喧嘩屋ルーキーに寝かされ続け、ボコボコにされて負けてしまった。みんなは「口だけだ」と彼を笑ったが、彼一人、試合後のインタビューで「負けてない」と言い張っていた。
 俺は、弱い選手に興味がない。それ以降、試合もしていないので、彼のことは忘れていた。
 興味を持ったきっかけは、『新宿特区』がスポンサーをしていると聞いたからだ。リーさんが応援するということは、口だけじゃない、何かある選手のはずだ。
 調べてみると、彼は、強くなるために、単身、アメリカに渡っていたらしい。そこで、数々の世界チャンピオンたちから打撃を認められ、タイトル戦のセコンドもおこなっていた。そして試合は、彼の助言で勝利したかのような展開だった。平本蓮幻想は膨らんだ。
 その彼が、来週、1年半ぶりに試合をするという。普通、組み技は、3年間は練習しないと強くなれない。けれども本人は、「すでにUFCファイターレベルの実力がある」と言っている。まさか、口だけではないだろう。格闘技好きは全員、彼の試合を心待ちにしていた。立ち技の天才が、MMAでも天才の証明をするところを。
 『True Hearts』の経営をしているケンジは、YouTubeも発信していた。ウリは、最速で試合予想と終了の分析をすることだ。そのため、もちろん、平本蓮の試合のPPVも購入している。試合の当日は、ジム生も含めたみんなで、ジムで観戦することになった。
 俺はまだ未成年で、定職にもついていない。多少のお金を持っていても、家が借りられない。テレビを持っていないので、小さなスマホの画面で観戦しようとしていた。だが、ケンジが誘ってくれたので、一緒にジムの大画面テレビで観戦できる。
 ケンジとジョーン以外にはなかなか心を開けなかったが、こと、MMAの話だけは違った。プロやジム生と一緒に、話しながら観戦する。これは、MMAをあまり知らないテトラやポパイと観戦するのとは、また違う楽しみがあった。
 自分のことで精一杯だったのに、他人の試合を見る余裕ができるだなんて思わなかったな。俺は、その日が来ることを心待ちにしていた。
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