第1話 原神

文字数 1,626文字

 『原神』というオープンワールドRPGを知っているだろうか。このゲームのガチャは、九十回に一回、必ず、貴重な星5のアイテムが引けるという親切設定になっている。
 一方、『俺の人生という名のゲーム』は、運営が最悪だ。ガチャを回しても回しても、外れアイテムしか当たらない。15歳になった時、俺の所持する唯一の星5キャラだったおばあちゃんも、俺の人生から破棄されやがった。運営の野郎。クソムカつくぜ。こうして、今の俺に残った星5アイテムは、おばあちゃんから買ってもらっていたiPhone11だけ。なんてクソゲーなんだ。俺の人生てやつは。
 だが、そんな俺に久しぶりの当たりが来た。なんと母が、あの母が、東京に連れて行ってくれるというのだ。
 俺は、生まれ育った街、岩手県の一関市から一度も外に出たことがない。修学旅行にも、母の許可が降りなくて行けなかった。
 もちろん、一関という街は、俺の人生の中では当たりの方だ。人口は12万人。母が言うように、この街には何でも揃っている。近くにはコンビニがあり、駐車場にはWi-Fiも飛んでいる。ドンキだって、図書館だって、駅ビルだってある。何の文句もない。
 それでも、東京に行くというのは、やはり貴重な星5イベントだ。本当に東京があるということを、自分自身の目で見ることができるんだ。サイコーにブリってる。
 初夏の早朝、俺は、母のツレが運転するハイエースで、東京へと向かった。

 物心ついた頃から、俺には父がいない。理由は、誰も教えてくれないので知らない。母は代わりに、何回も男を取り替えては、ツレだと言って、家に連れてきた。母はいつも言っていた。「私は美人に生まれたからね。寝てるだけで何でも解決するのさ」と。
 そして実際、全く仕事をしていないように見えたが、いつも誰かがお金を持ってきていた。ツレと呼ばれる男たちは、顔は違うが中身は大体同じようなものだ。酒を飲み、タバコを吸い、ギャンブルをし、気が向いた時には俺を殴る。
 12歳のある日、いつものように殴られた俺は、その時なぜか、男を睨み返してしまった。母からは「絶対に逆らうな」と、あれほど言われていたのに。その日は、さらにこっ酷く暴力を振るわれた。
 そして次の日、罰とばかりに教会の前に捨てられた。どういう経緯かは知らないが、俺は、会ったこともなかった、おばあちゃんの家へ引き取られた。おばあちゃんはキリスト教徒だったので、子供の俺を捨てては置けなかったのだろう。
 それからは三年間、毎週日曜日に教会に行くことだけはクソ面倒だったが、それなりに平穏な人生を送ることができた。ただ、背が高いことだけは少しコンプレックスだった。12歳の時に170cmだった自分の身長が、15歳の時には185cmを超えていた。
 街を歩いているだけで「ニセ谷翔平」、マスクを取ったら「サギ谷翔平」と指をさされて笑われる始末だ。失笑された時、大谷翔平のモノマネでもできれば友達ができるんじゃないか、と思ったりもした。鏡の前で練習した夜もある。けれども、人前でやろうとすると、恥ずかしすぎて爆死した。
 現実の友達を作るのは難しい。けれども、俺にはゲームがあった。ゲームの中には友達が何人もいる。寂しくなんてない。『フォートナイト』や『APEX』などのFTSは、練習をするほど上手くなるゲームだ。上手くて長い間接続してりゃあ、仲間になってくれというプレイヤーたちが後を絶たない。そこには、身長も年齢も関係ない。
 俺は愚痴を言いながらも、結構、この人生で満足していた。このまま無事に中学を卒業して、高校を出て、どこかで働く。そういう人生なんだろうなと思っていた。
 だが、これが『俺ゲー』のクソつまんねぇところだ。つい先日、おばあちゃんが急死してしまったのだ。おばあちゃんは、俺の平穏な人生を作ってくれる保証だった。引き取り手のない俺は再び、「全ての約束を聞く」という条件で、母の元へと戻ることになった。
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