第17話 炊き出し

文字数 1,158文字

「どうした?」
 俺は後ろから声をかけられた。振り向くと、明らかに浮浪者という体の男が、体をかきながら笑っている。年齢は30代ともいえるし、60代ともいえる。
「にいちゃん。腹減ってんじゃないか?」言いながら、おにぎりを手渡してくれる。コンビニのものではないが、変なものや腐っているようにも見えない。
「もらっとけもらっとけ」普通なら気味悪がる。だが俺は、愛情と食事に飢えていた。都会にも優しい人がいる。ありがたい。
 米粒がツヤツヤと白く光り輝いている。俺は、何も入っていない塩おにぎりを、たった三口で平らげた。うまい。その食べっぷりに、男も嬉しそうだ。
「にいちゃん、仕事もらえたか?」
「もらえませんでした」猿犬雉だってキビ団子をもらえば従順になる。俺もおにぎりをもらったので、正直に答えた。
「だろー。あそこ、結構、仕事くんねーんだよ。しかも、いい仕事も少なくてな。何? 家出か? いや、無理して言わなくてもいい。それより体大きいけど、食事の当てとかはあるのかい?」
「ありません」俺は首を振った。
「だよな」男は、自分のカバンから一枚の紙を取り出した。
「炊き出しマップっていうんだ。持ってるかい? これにはな、東京でおこなわれている全ての炊き出し情報が載っている。便利だぞ。一枚やろう」男は俺に、一枚の紙を渡してくれた。
 渡してくれた紙には、東京の地図が載っている。そして矢印で、何曜日に、どこで炊き出しをやっているかが記されている。炊き出しとは、困っている人たちに無料で食事を恵んでくれるシステムだ。主催は役所でなく、宗教団体やボランティア団体が多い。
「大体、毎日10ヶ所以上はやってくれている。歩いていけば健康にもいいし、3食きっちり食べられる。今日はちょうど、これから虹教会で炊き出しがあるんだ。さっき、仲間から情報が入ってきた」男は自慢そうにスマホを見せてきた。
 こんなに前歯の抜けた汚い人でも、ちゃんとスマホを持っている。これが都会だ。この調子では、体内に機械を入れられる日も、そう遠い未来ではないのかもしれない。
 おじさんは続けた。
「いつもは朝早いが、今日は特別に、14時半に配ってくれるらしい。何でも、行政に成果を見せたいらしいんだ。いつもよりきっと豪華だぞ。韓国の教会だから、キムチが最高に美味いんだ。一緒に行くか?」
 おにぎり一個では足りない。これからしばらくはこの炊き出しマップに頼るとしても、様子も分からずに最初から一人で行くのは抵抗がある。それに、おばあちゃんが死んで以降、一度も教会に行っていない。久しぶりに教会の荘厳な雰囲気を味わいたい。俺のように体の大きな人間を騙そうとする人も、そうそういないだろう。
 神を信じろ。されば救われん。
「ありがとうございます」俺はうなづいて、男の後についていった。
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