第51話 ワックMC

文字数 1,743文字

「ホントすいません! ホントすいません!」テトラが必死にラップをかます。
「もっといけんだろ! 違憲ヤロー」コロが、酒瓶を振り回しながら嘲笑する。
 俺はテトラを守るため、先ほどの部屋で様子を見ていた。許可を得てソファーに座る。たくさんのお菓子や酒もテーブルに並べられる。リーは、爆笑しながら酒を飲み、スマホで何かを書いていた。
「何やってんすか?」テトラたちの安全が確認できた俺は、この大人が気になって仕方がなかった。
「あん? 仕事だよ、仕事。明日のレースの予想。執筆してる小説。悪事を働いてるってDM情報の真偽を確かめる作業。捨て猫カフェの運営。俺の現状を楽しみにしてる奴らがたくさんいる。俺の人生は全部、このスマホ1台で発信できるのさ」
「そんなにめっちゃ忙しくて、人生、楽しいですか?」
 リーは頭を上げた。
「俺は、楽しいか楽しくないかで人生やっていねぇ。感謝してるから生きてんだ」
「感謝?」
 人生は、欲望を享受するためにあるんじゃないのか? 俺は不思議に思った。
「ああ。俺は昔、とんでもねえ悪ガキだった。だが、必死で足掻いていくうちに、こうして、そこそこの金を得ることができた。仲間も集まってきた。応援してくれるバカもいる。昔の俺のように足掻いてるクズどもが、大人になった俺を頼ってくる。かわいい奴らだよ。俺は、そうして俺を支えてくれるすべての奴らに対して、感謝を持って生きている。それが誇りだ。この誇りは世界を回り、いつかきっと、もっと良い世界へと進化する一助になる。分かるか?」
「んー」
 正直、俺には良く分からなかった。夢は、自分の欲望のためにある。他人のために身を粉にして働いても、それは、夢を叶えることにはならない気がする。けれどもリーは、他人のために、自分の時間を使ってホームレスを助けたり、捨て猫を助けたりしている。
「形がねーと分かんねーか? そうだな」リーは、少し考えてから話し出した。
「じゃあ、こんな例はどうだ? 一昨日、俺の知り合いだった男が自殺した。ブリブリだったからそれはしゃーねー。だから俺は、供養のつもりで、そいつの誕生日の数字で競艇をしたんだ。結果、大穴が来た。400万の儲けだ。同時に昨日、外国で侵略戦争が始まった。侵略されている国の大統領が、助けてくれと募金を呼びかけていた。その声が、死んだ知り合いとダブってな。だから俺は、こいつらに400万まるまる振り込んでおいた。そしたら多分、明日の競馬の予想はまた当たるだろう。分かるか? なんつーか。んー。世界は繋がってる。そんな気がしねーか?」 
「リーさん。じゃあ、優しいことをすると、世界は優しくなるんですか?」
「そりゃ分かんねーが……」リーは詩人だ。言葉で自分の意志を示す。スマホを見ていた目を離し、俺に、毅然とした目で言った。
「それが俺の生き方だ」
「生き方……」俺は今まで、生きることに必死だった。生き方という単語が頭に浮かんだことがなかった。
「神じゃねぇんだ。未来は分かんねぇ。うまい儲け話もたくさんある。だが、折れたら俺の人生じゃねぇ。俺は、俺の人生を貫くために生きている。だから、俺に寄ってくる奴らは全て助けるんだ」
「でも、ホームレスや捨て猫って、恩を返してはくれませんよね。力もないですし。いざという時は裏切るかもしれませんよ」
「そいつらが返してくれなくてもいい。裏切られても仕方ねぇ。だが、巡り巡って、いつか善行は自分に返ってくる。そういうものさ。そして、返ってこなくても俺は満足だ」
「でも、少年監禁とかって、犯罪になったりはしないんですか? 知り合いの仇をとるために法律を破ったら、リーさんが捕まってしまうかもしれませんよ」
「まぁ、捕まるかもな。だが、どうでもいい。俺を殺せるのは俺だけだ。俺は、俺の正義のために生きる。お前は、戦争に行けと国から言われたら人を殺すか? 俺は、戦争には行かねーぜ。戦争をやめさせるために、本気で行動する。そのために、政治家をぶっ殺したりはすっかもしんねーけどな」
 リーは豪快に笑った。そうか。この人の魅力が分かった。心に一切の躊躇いがない。自分のやっていることに自信を持っているんだ。
 俺はリーを見ながら、自分の目指したい人間像が少し分かったような気がした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み