第43話 夢

文字数 1,370文字

 それからの俺は、時間があれば、MMAジム『Two Hearts』へと足を運んだ。若いので体力は無尽蔵。吸収力も半端ない。
 トー横仲間の特別な集まり、SNSで金を貢ぎにくる女に新宿を案内する時、それと、用心棒の仕事以外は、全ての時間をジムでの練習に費やす。ジムにはシャワーもついている。生活に困ることはない。
 もちろん、肉体的には辛かった。もっと遊びたい、という欲も膨らんだ。文化や価値観が全く違うので、ジムの人たちとも仲良くなれなかった。けれども、夢のためだと思うと、全てが我慢できた。
 自分の夢のレベルまで実力が成長するためには、鍛錬を積み重ねなければたどり着けない。しかも格闘家には、年齢による衰えという時間制限がある。今日一日サボれば、ただ終わりの時間が近づくだけだ。
 俺は、RPG『原神』のことを考えた。もうずっと触っていないが、あのゲームは、初めて中国が、日本に、コスプレの分野で勝利した作品として知られている。それは、日本人の俺が、初めてUFCチャンピオンになるような快挙だ。
 『原神』は確かに面白い。ただ、あのゲームは、開発に400名以上、期間は3年6ヶ月、開発費に110億円という巨額を投資して制作された。維持費にも毎年220億円をかけている。そのくらいでなくては、快挙など成し遂げられないのだ。
 けれども、その分のリターンは大きい。なんと、わずか2週間で、110億円を回収してしまったそうだ。
 なんでも、1人前になるには3年かかる。だが、人生を全振りするほど、その分、成功した時のリターンは大きい。失敗する程度しか賭けていなければ。ただ我慢した分の時間tが無駄になるだけだ。
 俺は、夢のことを考えながら、毎日必死に練習に取り組んだ。疲労で動けない時も、試合動画や自撮り動画を見ながら、ずっと格闘技のことだけを考え続けた。
 急成長した俺は、半年後、100kg差あるジョーンに、MMAルールでも勝てるようになっていた。

「なんかパブ、最近、輝いてんよね」
 花園神社でシャドースパーリングをする俺に、カミが言う。
 え? 俺は、動きを止めてカミを見た。昔より綺麗になっている。
 カミは、照れ臭そうに続けた。
「だからさ。私も夢を追おうかな思て。でも、他の奴には内緒だぜ」言いながら、一枚の写真を見せてくれる。俺は近づいて、カミのスマホを覗き込んだ。
 『2次審査合格のお知らせ』と書いてある。俺はカミを見た。
「私ね、アイドルになりたいの。パブが頑張ってる姿見てたら、私も輝きたいなって」
 心から大賛成だ。
「うん。カミは可愛いし、なにより歌がうまいからな。なんてか、んーと、心に染みる」
「演歌じゃねーか」カミは笑った後、じっと俺の顔を見つめた。
「でも、そうやって真剣に誉めてくれたから、アイドルになろうと思ったんよ」
 えっ。鼓動が速まる。
「なーんてね。ま、背中を押されたのは、ほんのちょっとだけだけどな」カミは、親指と人差し指を近づけて、再び笑った。
 あまりにも美しいその姿。俺はただただ魅了された。
「俺、応援する。絶対に応援するよ」
「アゲー」カミはいつものように軽い感じに戻って立ち、しゃがんだ俺の頬に、優しくキスをした。フランス流の挨拶であるビズ。だが、今日はなぜか、ただの挨拶ではない。カミから本音の、温かい感情が流れ込んできた。
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