第31話 iP TOKYO

文字数 1,659文字

 1年も経つと、トー横内での立場も変わっていく。最初は田舎者に過ぎなかった俺だが、今ではすっかり、一人前のトー横キッズへと生まれ変わっていた。現金が欲しいので用心棒の仕事は続けていたが、それ以外の結構な時間を、トー横で過ごしている。そりゃ、古株になるわけだ。
 トー横には、いつも来る人もいれば、たまに来る人もいる。一見さんもいれば、社会から逃げ出してきた者もいる。基本的には、テトラたちが彼らをうまく捌く。だが、喧嘩関係の騒ぎがあると、俺が出動することになる。
 人数が増えるほど、楽して甘い蜜を吸おうとする害虫も増える。比例するように、犯罪も増えていった。
 世の中は、力がないと、何も口出しする権利がない。俺が負けては、トー横キッズに自由はない。
 俺は、ナイフや銃にも対抗できるように、毎日、花園神社で、YouTubeを見ながら、ディザームや制圧についての練習を欠かさなかった。同世代が野球やサッカーで汗を流すように、俺はひたすら戦闘訓練に励んだ。もし戦闘の甲子園があったら、俺は代表に選出されるだろう。それくらい一生懸命、戦闘訓練に励んだ。
 カミも人気があるので、トー横にいる時は、ゆっくり話せない。だが、花園神社にいる時だけは独占できる。俺が戦闘訓練をしていたのには、こういう理由もあるのかもしれない。とにかく、俺はこの時間が大好きだった。
 抑圧された若者たちは、トー横だけではない。グリ下をはじめとした地方の界隈も、その勢力を伸ばしていた。人気のあるテトラは、他の界隈によく呼ばれる。必然的に、徐々に忙しくなる。最初はよくみんなで遊んでいたのだが、今では、ほとんどが離れ離れだ。
 たまにテトラに呼ばれる時もあるが、その時は大概、トラブルが起きた時だ。それでも俺は、テトラに対して恩があった。使われるだけのような扱いをされても、友達だから仕方がない。そう思っていた。

 ある夜のことだ。俺たちはいつものように、トー横名物でんぐり返し競走をしていた。がスマホが鳴る。テトラからの連絡だ。緊急マーク。テトラから来る俺のLINEには、『怒り顔』の緊急マークが並んでいる。最近は、ほとんど話をしていないが、呼び出しマークだけが溜まってくる。
 それでも俺は、Zenlyを見て、一緒にいたヤスとブンブンシティーと共に、テトラの元へと向かった。ブンブンシティーは、豊田生まれで、HIKAKINに似ている19歳の男だ。ボイパとヤリラフィーの名手でもある。
 向かった先は、区役所の向かい側、『iP TOKYO』というクラブの前だ。人だかりができているので、近づくだけで、すぐ分かった。エントランスがある階段の上で、テトラとポパイが怒鳴られている。相手は、2人のクラブスタッフだ。やけにガタイがいい。ボディビルダーか重量挙げの選手だろうか。
 俺はヤスに指示して、逃走用の車を用意してもらうことにした。ブンブンシティーには、緊急連絡役として人混みに紛れさせる。俺はキャップをまぶかにかぶり、テトラたちに近づいていった。こういう作戦はビジュウに教わった。
 酔っぱらい客のふりをして気楽に階段を上がり、クラブスタッフに絡む。
「おう。どうしたんだ?」スタッフの肩をパチパチと叩く。
「お前には関係ない」イライラしているスタッフは、俺を突き飛ばそうとする。
 だが、俺の得意技術は、間合いの見切りだ。スタッフが届かない距離に体を外し、少しだけ腕を引っ張る。やっぱりだ。筋肉はすごいが、体幹には優れていない。
 男は、階段から転げ落ちた。同時に、テトラとポパイが逃げ出す。ブンブンシティーの案内で、車の方へと走っている。
「あいつらを捕まえろ」
 俺は前に立ちはだかる。
「だから。何があったのかを聞かせろよ」
「うるせー!」掴みかかってくる。だが、軽くいなして、肩を押す。
「あぶねーなー。何突っかかってきてんだよ! 俺はただ、どうしたんだって聞いてるだけだろ? もーいいよ」俺はいつものように、テトラたちが逃げ切ったことを確認した後で、自分も逃げ出そうとした。
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