第29話 界隈(1)

文字数 1,401文字

 ナオが仕事を終わり、電車に乗るところまで見送る。つけられている様子はない。ビジュウに報告して、俺の仕事も終わりだ。スマホを見る。時間は、朝の5時だ。昨晩は一睡もしていない。眠い。その前に、腹が減った。
 コンビニに行こうと思ったが、ちょうど5時30分から、虹インマヌエル教会の礼拝とお食事会の時間だ。お金は大事に使いたい。俺は、今日も炊き出しに参加した。昨日よりも人の数は多い。だが、シモダさんは来ていないようだ。まぁ、お金を稼ぐ目処もついた。自分から会いにいく用事もない。
 花園神社で食事をした後、俺は眠くなったので、初めて、ネカフェという場所に入った。昼間のネカフェとカラオケは、安いところなら12時間2000円もしない上に、シャワー完備で、ドリンク飲み放題もあるそうだ。
 俺はその中でも、昨日、トー横キッズのリサリロンが言っていた最高のネカフェ、『グランカスタマ』に入った。6時間で1500円と多少高いが、まぁ、13時までいられるのならそれで十分だ。しかもここには、大浴場や、カレーや卵の食べ放題サービスまでもがついている。
 自分が稼いだ金で、好きなように選択できる開放感。ネカフェの食べ放題に、お土産のパンまでがあるから、夜の炊き出しまでは一人の時間を過ごすことができる。しかも、ネカフェは一畳近くもあり、俺の大きな体でも寝られる。フラットシートなので、背中も痛くない。クッションも貸し出しがある。最高だ。
 朝は炊き出しに並び、昼はネカフェに泊まり、夕方は花園神社で運動をして、炊き出し、夜はトー横で遊び、仕事。これで、ハツジの生活リズムは整った。
 ビジュウからは毎日仕事がもらえる。これで、学校に行かなくても生きていける。日常の自由は確保できた。新宿卍會からは、仕事がある時はいつでも呼び出される。だが、お金があって困ることはない。しかも幸い、俺には、しなければならないこともない。人生の目標もない。普通に暇だ。仕事を中心にして、後は遊ぶ。完全に大人と同じ生活だ。
 俺はいつの間にか、夜にゲームをすることがなくなった。トー横にしか友達がいないし、SNSでしか知り合いが増えない。だが、今の友達はリアルだ。実際に会うことができる。ゲー友とは違う。
 トー横の価値観は自由だ。誰もが「好きだ」と言ってはセックスし、浮気しまくっては嘘をつく。浮気された方は、自分が正義とばかりに大声で毒づく。だが、よく聞いてみると、そいつも他のヤツとセックスしている。それがバレると、「うぜー」「めんどくせー」と逆ギレする。
 嘘を信じてしまった浮気をしない奴は、「こんなに自分が愛しているのに裏切られた」と狂い、ODや、自傷行為や、他のヤツとのセックスに走る。誰も信じられないと言いながら、自分が一番信じられない獣になる。
 性病をうつしあったり、妊娠したりと、自分で自分の平穏を壊す。中には、金のためや、見捨てられないために、「病気になった」、「妊娠した」と嘘をつく奴もいる。何かあると、すぐに、「お前のせいだ、死んでやる」と、SNSで、1日何百回も呟き続ける。
 そしてまた、嘘の「好きだよ」ですっかりのぼせてしまい、別の美男美女に金を貢いでいく。そんなシステムだ。
 それでも、朱に交われば赤くなる。これが当然だと思うようになる。キリスト教の道徳によっていた俺の価値観は、トー横の仲間達によって塗り替えられていった。
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