第49話 謝罪

文字数 1,223文字

「てめえらが浮かれてる間にも、生きるのに大変な奴はたくさんいる。分かってんのか?」
「分かってま」
「分かってねーだろ!!!」議論で一番いいやり方は、相手に意見を言わせず、圧倒的に恫喝することだ。男は、テトラたちの頭上で、思い切り水平にヌンチャクを振り回した。風切る音。コンクリの壁に叩きつけられる打撃音。壁のあちこちに凹んだ跡があるのは、この男がヌンチャクを振り回したせいか。
 口が乾く。だが、言うべきことは言わなければならない。俺は、空唾を飲んで反論した。
「あなたに何が分かるんですか! 俺だって生きるのに必死です!! 親に捨てられた時、下田さんというホームレスの方に助けられました。恩もあります! だから誓って、俺は、彼らを傷つけてはいません!」
「むっ? そうなのか?」ボスは驚いた顔をした。無邪気で純真な顔だ。
「トラ。映像にこいつ、映ってたよなぁ」確認をする。
「リーさん」大柄のトラマルが縮こまり、スマホを片手に、おずおずとリーに近寄る。状況説明。頷きながら、何度もTikTokの映像を見ているリー。
「あー」理解したリーは、俺を見て、笑顔を見せた。
「そうか。お前はやってなかったか。それは誤りだった。俺はデッド・リー。『新宿特区』を代表して謝らせてもらう。今回は間違って拐ってしまい、本当にすいませんでした」大人なのに、子供の俺に、深々と頭を垂れる。俺はリーに、清々しさと尊敬を感じた。
 頭を上げた後、リーは不思議がった。
「しかしパブ。だったらお前、何のためにここに来たんだ? やってないっつって逃げることもできたろうよ」
「そりゃ……」俺は、考えながら話した。
「悪いことをしたとはいえ、仲間は仲間です。悪いことをしたら諌めるし、殺されそうなら助けないと」自分の中に。まだキリスト教の思想が残っていることを感じる。
「でも、こいつら、どうしようもねぇクズだぞ? 自分たちがやったことなのに、お前を置いて逃げていこうとしやがった」リーは、足で軽くポパイをこづいた。でかい図体が哀れなほど震えている。
 俺は、サングラス越しにリーと目を合わせた。
「リーさんは、この世界に1人になったことはありますか? 俺は親から捨てられた時、誇張なく、世界に自分1人きりでした。けど、仲間が俺を拾ってくれたんです。その後も俺は、何度も彼らに助けられました。だから、みんなが嫌っているとしても、俺だけは彼らを裏切りたくないんです」
「男だねぇ」リーは、歯を剥き出しにして笑った。歯の矯正中の器具がギラリと光る。
「お前、『新宿特区』に入らねぇか? 見込みがある」
「ありがたいお誘いです。ですが、俺には夢があります」
「どんな夢だ?」
「UFC世界チャンプになって、好きな人と結婚することです」
「甘いねぇ。だが、オッケー。諦めた! それはグレートな夢だ。プロになる時には、お前のスポンサーになってやる。そんかわりパブ。お前、ぜってぇにチャンピオンになれ。よし。お前は行っていいぞ」
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