第18話 ホームレス

文字数 1,411文字

 男はシモダと名乗った。俺が「パブ」と名乗ると、「キラキラネームでかわいそうに」という顔をして憐れんだ。やはり、根はいい人のようだ。
 シモダは昔、大きな会社の社長をしていたと言う。だが、部下に裏切られ、乗っ取りにあい、人を信用できなくなったらしい。以降はこうして、世間から離れて、ホームレスを続けている。そしてたまに、裏切られたというような顔をした若者を見ると、救ってやりたくなるそうだ。
「そうか。岩手から来たのか。それじゃ、新宿のことをたくさん教えなきゃな」
 シモダの話は、ほとんどが自慢だった。だが、生きるために大切なことも、たくさん教えてくれた。例えばこんな話だ。
 新宿には廃棄といって、飲食店から大量の食事が捨てられる。だが、レストランの廃棄は絶対に食べてはいけない。食中毒のリスクが高いからだ。そもそもホームレスというのは、健康でなくてはならない。保険も金もないので、医者にかかれないのだ。シモダは、大した病気でもないのに死んでしまう仲間を何回か見送ったことがあるらしい。
 その点、コンビニの廃棄は人気が高いそうだ。賞味期限切れとはいえ、ラップをかけられている。特にパンやオニギリの類は真空パックも多い。夏場でもなければ危険は少ない。
 けれども、複雑な話だが、それらを勝手に盗むと、他のホームレスから嫌われてしまうそうだ。なぜなら、こっそり食べて食中毒を起こした場合、お店側が管理不足を指摘されて、損害を被るからだ。お役所的には、金があるやつに賠償させろということなのだろう。そうなると、ホームレス全体の排除運動が盛んになってしまう。「風が吹くと桶屋が儲かる」みたいな話だ。
 ホームレスはあくまで、税金を払っている社会人たちの邪魔にならないように生きろ。これがシモダの人生哲学だ。もちろん、変な輩に暴行を受けることはある。だが、誰にとっても害がなければ、基本的に、優しい人間が手助けしてくれるそうだ。
 だからシモダは、俺に炊き出しを推奨する。東京は狭いので、炊き出しマップを見ながら毎日歩けば、三食きちんと食べられる。寒い時も、毛布や衣服やスノコをくれるボランティアがいる。線路の高架下などに行けば、生き延びることができる。そうやって社会の片隅で生きていくのが、ホームレスの正しい生き方だそうだ。
 そしてもう一点、近寄ってくるNPO団体には気をつけろ、とも教えてくれた。自分たちから近寄ってくる団体は、新興宗教や、元半グレや、元反社が多い。改心したと言って近づいてくるが、信じられる団体はほとんどいないそうだ。そういう団体は、最初は優しいが、徐々にあらゆるモノを奪い尽くす。シモダの持論では、行方不明になったという話は、ほとんどそういう団体が関わっているという。
 国から受給できる支援金を全て奪われるとか、内臓を取られるとか、中国に売られるとか、金持ちの人間狩りに使われているとかは、正直、俺は、眉唾物だった。だって、行方不明になったのに、その後どうなったのかが分かっていたら、そりゃ、行方不明じゃないんだから。
 老若男女関わらず、人間たちはみんな、小さく嘘をつく傾向がある。ただ、真実の中に嘘を混ぜるから、何も信用できないが、何でも信用してみようかという気になってしまう。
 真贋定かならぬ情報。それでも俺にとって、シモダの話は興味深かった。徒歩20分くらいかかる虹インマヌエル教会まで、あっという間に到着した。
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