第56話(テトラ) 卒業

文字数 1,096文字

 2日後の夜、新宿シネシティ広場に戻ると、すでに、たくさんのトー横キッズが屯していた。中に、一際目立つ巨体。ハツジだ。背が高いだけではない。体つきも逞しい。もう、トー横キッズのように細くはない。テトラは、大阪から少女を連れてきていた。一人でここに来る勇気がなかったからだ。
 近づくと、全員が「アゲー!」「グリ下アゲー」と挨拶をしてくる。まるで、戦隊モノの雑魚敵のようだ。中にいる時は気づかなかったが、きっと俺も、こんな感じで他人から見られている。
「どーした感じー?」
「ちょと待っ店長」ハツジは、呼ぶまでもなく立ち上がっていた。
「アゲー」
「アゲー」テトラは、ハツジの腰に右腕を回し、二人だけで話す。
「どうしたんだ? こんなにたくさん」
「驚いたろ? 改まった話をしたいっちゅーからさ。集合かけてみた的な」テトラは、一人で現実的な話を聞くことを恐れた。故に、昔の仲間を含め、大勢の中に埋もれさせてしまおうと試みたのだった。
 だが、その試みは失敗に終わった。久しぶりに見たかつての仲間からは、大人の空気を感じる。大学に進学した奴。会社員になった奴。自営業をしている奴。テトラよりも年下なのに、全員が、自分よりも未来があるように見える。みんな、あんなにも、社会から逃げ回っていた奴らだったのに。
 俺は、ハツジを促し、集まった大勢のトー横キッズたちの前で、卒業と感謝を述べさせた。
「テトラ。みんな。15の頃から居場所のない俺と仲間になってくれてありがとう。俺、これから、真面目に働きます。くそお世話になりやした!」ハツジは、深くお辞儀をした。何となくいて、何となく消える界隈の中では、かなりの異常だ。テトラは、こういう話ではないかと思っていたが、みんな、さほど興味がないと思っていた。いつものように暗い目つきの明るさで、形だけの祝福をするものかと思っていた。だが、予想とは違った。みんなの目が輝いている。彼に憧れを抱き、心から応援しようとしている。誠意? これが誠意というものか?
このカオスな空間にいても、自殺さえしなければ、普通なら、社会に復帰しようと画策する。いつかは切羽詰まるからだ。環境と自分のズレに気づく。それが、卒業といい、脳が大人になるということだ。
 だが、テトラは王だった。この歳まで、何不自由なく快適に過ごすことができた。ゆえに、大人になっても、界隈から離れられなかったのだ。
 王の凋落。今頃気づいても、もう後戻りができない。自殺をする勇気もない。なんの夢も追うことができない。俺がこんなになっちまったのは、全てこいつらのせいだ。テトラは、かつての仲間の輝きが腹ただしくて仕方なかった。
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