第48話 ヌンチャク

文字数 1,340文字

 到着した場所は、廃墟のような雑居ビル群だった。深夜なので誰もいない。
「降りろ」
 自分以外の3人は、目隠しとヘッドフォンをつけられている。垂れ目や怒り目の目隠しが、馬鹿馬鹿しいほどに場の緊張感を和らげている。
 一行はゾロゾロと、コンクリ打ちっぱなしの細い階段を、一列になって上っていった。トラマルの後ろにいる俺は、緊張を解かなかった。いつ、誰が襲ってきても不思議ではないからだ。
 俺は、サシで負ける気はしない。平場なら、多人数に対しても負けない自信がある。ただ、動きづらい場所での腰道具に対しては、負ける可能性が高い。そうなっても、この3人だけは無事に歌舞伎町に帰す。俺は、戦闘の意志を固めていた。
 このビルのおかしな場所は、窓がないところだ。コンクリートの打ちっぱなしで、足音がやけに響く。上の階で、ドーンという壁を強く叩く音と、それに混じって、怒声と悲鳴が聞こえる。
 先頭にいるクズリュウは、5階まで上がった。そのまま廊下へと進む。テトラたちは、目隠しとヘッドフォンを外された。目の前には、グンゼの白パンツ一枚の男が、目隠しされ、縄で縛り付けられて転がされている。昼間から行方不明だったコーメーだ。先ほどの悲鳴は、コーメーだったのだ。
 ヤバい。子供がやるような遊びとは違う。俺は覚悟を決めてはいたが、恐怖で目の奥が真っ暗になる。テトラたちも、顔面蒼白になっている。コーメーの姿は、近い未来の自分たちの姿だ。
 守らなきゃ。俺は意志を固めようとしたが、ヤバイものに首を突っ込んでしまったという後悔もしていた。
 2つ奥の部屋に、男はいた。年齢は30代後半。体型は、175cm75kgといったところか。細いが筋肉質。格闘家と似ている体型だ。サングラスをかけ、首には大人気なくヌンチャクを巻いている。
 部屋には窓がなく、ソファーと机しかない。奥にはミキシングルームと、ファーストテイクのようなガラス張りの部屋が見える。
 男はスマホをいじりながら、イヤホンで何かを聞いていた。だが、俺たちに気づくと、嬉しそうに笑ってイヤホンを外した。同じ嬉しそうでも、常人とは違う。狂気を感じる。
「ボス。こいつらです」
「座れ」ボスと呼ばれた男は、ヌンチャクで指示をした。
 テトラは、大人しくソファーに座ろうとした。が、クズリュウの持つ模擬刀に叩かれる。
 3人は、地べたに正座した。俺は後方で動かない。壁を背にして寄りかかる。俺までが座ってしまったら、いざという時、3人を助けられないからだ。
「テメェ。パブか? なんでテメェは座んねぇんだ?」ヌンチャクで地面を叩く。ヘラヘラとした物言いだが、威圧が強い。生まれ持っての強者というか、頭のネジが1本外れている感じだ。
 だが俺は、死んでも仲間を守るという覚悟がある。
「俺は座りません。座る理由がないからです」
「パブぅ。テメェ、クーちゃんに危害を加えただろ?」
「クーちゃん?」
「もしかして、ホームレスには名前がねぇとでも思ってんのか? テメェに西條發二って名前があるようにぃ。出身地がないとかも、思ってねぇだろうなぁ。岩手県一関市のボンボンがよぉ」
「そんなことは……」なぜ自分の本名を知ってるんだ? 出身地を知ってるんだ? 俺は、汗腺が一気に開いたように感じた。
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