第32話 ジャイアント・ジョーン

文字数 1,503文字

 だが、クラブの奥から、スーツを着た黒人が現れた。身長は2m、体重も200kg近くはありそうな巨漢だ。バウンサーか? 自分よりも大きい人間を初めて見た。俺は、神経が昂った。
 だが、スタッフたちのニヤケヅラが気にくわねぇ。強い奴を盾にして偉そうに。母のツレや、テトラたちと重なって見える。腹が立つ。
 制止を振り切ることは簡単だ。だが、俺は逃げずに立ち止まった。こいつらをビビらせてやりたい。最近はよく、大きい人相手の対処法について、YouTubeで調べて練習していたところだ。こんな黒ダルマは瞬殺だ。倒せなさそうならば、その時に逃げればいい。逃げ道だけは確認して、俺は黒人を睨んだ。
「ナニ? ヤルキ?」黒人バウンサーは笑う。それほど大きな体を目の前にすれば、普通は、みんな震えて逃げ出すのだろう。だが、俺は違う。搾取する側と、される側。俺は搾取をする側だ。身長はやや劣るが、手足は明らかにこいつより長い。俊敏性や瞬発力も優っている。努力だって、こいつよりもしているだろう。
 やってやんよ。俺は自然に、服の上から、首に下げている御守りを握りしめた。
「ジョーンさん! あいつを捕まえてください」
「ツカマエルノネ。リョーカイ」
 巨漢は階段を降りきり、俺に近づいてきた。
 巨体なのに構えが低い。明らかに何かしらの格闘技を嗜んでいる。足を踏ん張っているところを見ると、打撃系ではなさそうだ。
 一方、俺の武器はリーチの長さだ。近寄らせることなく制圧する。俺は、ビビって腰が浮かないように注意しながら、ジョーンと向き合った。
 こういう間合いになった時、普通は、相手の出方を伺おうとする。だが、ジョーンは珍しい。不用意に近づき、いきなり右手を伸ばしてきた。圧倒的タフネスな体を武器に、何発か殴られても俺を掴んでくるという作戦のようだ。
 だが、ただ拳を振り回すのは素人。相手を壊す覚悟のない人間がおこなう暴力だ。俺には、勝つためには何をしてもいいという、用心棒としての絶対的な教訓がある。
 間合いを外すために右後ろに下がり、ジョーンの腕をはたく。同時に、思い切り足を伸ばし、ジョーンの膝の皿に蹴りを入れた。
 巨体であるほど関節が弱い。しかも、曲がらない角度から攻撃されれば尚更だ。
 完璧に入る。鉄板入り安全靴での一撃だ。ジョーンはバランスを崩した。だが、安心はできない。近寄れば触られる危険性がある。触られたが最後、あっという間に捕まり、その体重で潰されてしまう。
 道は、2m同士の男が戦うには細かった。野次馬が俺たちを遠巻きにして、即席のリングを作っている。俺は、フットワークを使うことに集中して、野次馬を何人か蹴散らした。なんせ、捕まったら終わるのだ。野次馬は騒ぎ、その度に輪を広げ、またリングを形成する。
 俺は、間合いをうまく測りながら、ジョーンの膝関節の同じ場所を、3発蹴ってやった。
 こうなると、ジョーンも動けなくなってくる。痛くもあるだろう。蹴られないように、さらに低めに構える。
 そして、頭から突進してきた。
 俺は2回避けながら、ジョーンの膝を狙っていると見せかける。
 警戒されている。もちろん当たらない。
 3回目に突撃してきた時だ。俺は満を持して、下がっているジョーンのこめかみに、思い切り、トーキックを差し込んだ。
 蹴りは、安全靴の鉄板ごと、見事、ジョーンの坊主頭にめり込む。
 クリーンヒット。だが、ジョーンは倒れない。
 追撃だ。
 俺は油断することなく、背後から、ジョーンの金的に蹴りを入れた。さすがの巨体も泡を吹いて崩れ落ちる。
 大歓声。野次馬たちにとって、正義か悪かは関係ない。スタッフの顔色は真っ青だ。
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