第5話 新宿シネシティ広場

文字数 1,525文字

 まさか。嘘だろ? いや。信じねー。信じねーぞ。だが、電話もLINEも繋がらない。車を降ろされた歌舞伎町の門にも戻ったが、もちろん戻ってくる気配はない。声をかけてくるのは、飲み屋に誘う大人たちばかりだ。
 嗚呼。いや。おお。マジか? 俺はどうやら、たぶんだが、母から忘れられてしまったようだ。何だ、この、俺という人生ゲームは。ガチくそ難解ゲーじゃねーか。
 母は大らかで純真だ。過去に何度も忘れ去られたことがある。忘れ去られて、自分一人で歩いて帰ったことは何度もある。けれどもまさか、東京に来た時に、その病気が発症するだなんて。俺はスマホを見た。映画が終わって3時間。今は、夜の10時を過ぎている。
 はぁ。まぁ、仕方ないな。俺は早々に諦めた。こうなった以上、母が気づくまでは生きなければならない。そして、明日になっても気づかないなら、もはや、自力で帰るしかない。今まで何度も忘れられたことがあった。今回は、距離が遠くなっただけのことだ。幸い、今晩は暖かい。
 悩みが無くなると、腹もさらに減る。背の高い俺は、お腹も減りやすい。今日は、佐野サービスエリアでラーメンを一杯食べただけだ。まずは公園の水飲み場に行こう。水分を取りたい。だが、公園の水飲み場は、コロナの関係で使用ができなくなっていた。
 ちっ。水さえあればと思っていたが。誤算だったな。俺は早速、自分の全装備を確かめた。安全靴にカーゴパンツ。貼り付くような長袖Tシャツに、映画館が寒い時用の長袖シャツ。忠誠神の御守り。iPhone11。ポケットにねじ込んだスマホ用充電池とコード。100円玉3枚。イッツ・オール。
 300円では、一関まで帰れない。新幹線は1万2000円もかかる。ただ、ググったところ、御守りの1万円を使えば、5000円の高速バスに乗って帰れそうだ。死ぬことはない。ハツジは安堵した。けど、この1万円はなるべく使いたくない。さすがに明日まで我慢すれば、母も、俺がいないことに気づくだろう。
 ハツジはまず、300円で何か食べようと思った。歌舞伎町はキラキラと光っているだけあって、何でも揃ってる。普通は夜の8時には閉店してしまうものだが、大したものだ。だが、値段を見て驚いた。物価が高い。いや、高すぎる。
 確かネットには、日本の平均年収は400万円、先進国の平均は700万円。そのために、日本は物価が安すぎると書いてあった。でも、物価が安いのは岩手だけだ。たこ焼きが8個で600円て。一関の駅前には、20個300円で販売しているおじさんがいる。値段でいうと5倍かよ。そういえば、映画の値段も2倍だった。見たことのないチーズクリームティーなんかは、所持金では全く手が届かない。
 俺はとにかく、腹が膨れそうな安いものを探すことにした。結局コンビニで、5個入り100円のチョコチップパンと、2リットルの水を買った。216円。100円のものを三つ買いたかったが、消費税が憎いところだ。
 歌舞伎町は、夜だというのに、昼間以上に人が増えている。俺は、さすがに疲れ切っていた。田舎育ちなのだ。人のいないところへ行きたかった。今日は忙し過ぎた。けれども、そんな場所は、ここにはない。暗いところまで行けば公園がありそうだが、少し不安だ。新宿には行方不明者がよく出ると、都市伝説で聞いたことがある。
 俺は、先ほど映画を見た東宝ビルの隣に、ちょっとした広場があることを思い出して向かった。そこはまるで、夜のピクニックかのように騒いでいる人がたくさんいる。寝ている人もいるので、何をしてもいいところなのだろう。『新宿シネシティ広場』と書いてある。とりあえず、今日はここに泊まろう。俺は腰を下ろして、食事をとった。
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