第13話 ナマポ(1)

文字数 1,220文字

 一関では、どこへ行くにもそこそこ歩いた。だが新宿は、何でもが、すぐ近くにある。区役所は、トーホーシネマズから5分の距離だ。この大きな建物も、8階まである。お役所感はあるが、まるで宮殿だ。
 ただ、広すぎて、生活保護をもらえる『生活福祉課』の場所が分からない。思い切って職員さんに尋ねたところ、第二分庁舎というビルが他にあると言われた。
 区役所がいくつもあるのか。俺は驚いた。不便だが、地価が高過ぎて分けざるを得ないとか、何か理由があるのだろう。
 世の中は、何でも思い通りになんていかない。そんなことは百も承知だ。地図で見ると、どうせ第二分庁舎までは、ここから10分もかからない。お金をもらいに行くのだ。特に文句もない。俺は、職員さんに感謝を述べ、第二分庁舎へと向かった。
 分からないことは聞いてもいい。この常識は、田舎も都会も同じようだ。冷たい人と調子のいい人ばかりに見えた歌舞伎町も、質問をしにいけば、しっかりと教えてくれる。
 生活保護のもらい方が分からない。俺はここでも、職員さんに話を聞いた。言われた通りに番号札を受け取る。ソファーに腰掛け、呼ばれるまで待つ。番号を呼ばれたので、言われた通りの受付に行く。
「お待たせしました。座ってくださいね」気の良さそうなおばさんだ。
「生活保護を受けたいんですが」だが、趣旨を伝えた途端、急にいやらしい顔つきに変わる。生殺与奪の権は我にあり。相手が欲しい物を持っている人特有の、あの、蔑んだ目つきだ。
「あなたが受けるの?」
「はい」
 おばさんはため息を吐く。
「じゃ。身分証出して」
 俺は言われた通り、学生証を出した。おばさんは受け取って眺める。
「中学3年生? 15歳? 親は?」
「連絡がつきません」
「住所が岩手じゃない。なんでここに来たの?」
「母にここまで連れてこられたからです」
「お父さんはどうしたの?」
「父はいません」
「あら。複雑な事情があるみたいねぇ。ちょっと待っててね」
 おばさんは、眉をしかめて奥へ行った。上司らしき人と話している。それから、電話をしたり、色々な資料を漁ったり。俺は、嫌な予感がした。
 逃げ出そうか。でも、学生証は取られている。
 迷っていると、おばさんが戻ってきた。心配そうな顔つきだ。
「發二くん。審査が出来るようには頼んでおいたわ。今は戸籍を調べてるの。ちょっと待ってね」
「戸籍を調べる? 何でですか?」
「ほら、ここは新宿でしょ? 一関の戸籍がないから」
「いや、そうじゃなくて。何で戸籍を調べるんですか? 俺は嘘を言ってません」
「分かってる。疑ってないわよ。でも、生活保護を受給するには、まず、三親等に連絡しなきゃいけないでしょ?」
 おばさんは、当然という顔で言った。毎日同じ仕事をしている人は、他人の気持ちに寄り添えない。職員にとっての常識中の常識は、他人にとっても当然のことだと思っている。そういう人間が、相談員をやっているのだ。でも仕方がない。それが人間なのだから。
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