第23話 コカレロ

文字数 1,578文字

 ホストの写真が飾られている大きな看板を過ぎる。近くに、昨日泊まった建物とは違うAPAホテルが見えてきた。
「ここはSPAがねーんだ」カミが自慢げに言い、近くの細い路地を曲がった。
 その瞬間だ。異世界。その路地では、50人くらいの男女のグループが、道いっぱいに歩行の邪魔をしていた。全員が、カミのような全身黒い服。男女共に細身。そこそこにスタイルがいい。黒マスクをしているので分からないが、顔も全員、そこそこ良さそうだ。男女比は2:8で女子が多い。5人1組くらいで、それぞれが地べたや花壇に座っている。
 車が来た。のろのろわらわらと、それぞれが端へ逃げる。俺は、この光景を目にしたことがあった。そうだ。インドの市場に、電車が突っ込んでくる光景だ。線路にいる物売りたちが、電車が近づくと一斉に逃げ出す。確か、テレビのドキュメントか? こんな場所が都会でもあるんだな。どんなに人類が進歩しても、人類は結局、人類なんだな。俺は何だか、不思議な気持ちになってその光景を眺めていた。
 まるで映画だ。現実味がない。黒尽くめグループのうちの一人が、突然、俺たちを見て手を挙げる。
「アゲー!」観客に声をかけてくる登場人物なんてあんのかよ。
「アゲー!」だが、カミも気軽に返している。
 その大声に、みんなが振り返る。一斉に「アゲー」ポーズだ。俺はカミと共に、いつの間にか映画の中に入り込んでしまったようだ。
「おう。飲めよ!」今朝殴ったばかりのヤスが、俺に500mm缶を渡してくる。ストロングゼロ。アルコール度数9%と書いてある。初めて会った時にカミが飲んでいた奴だ。彼女が学生だということは分かった。つまり、ここでの常識では、未成年でもお酒を飲んでも良いということだ。
 俺は、ヤスから缶を受け取った。すでに、中身は半分ほど飲まれている。潔癖症ではない。ヤスの缶に口をつけるのはいい。だが、このコロナ禍だというのに。ここでは誰も気にしていないようだ。もちろん俺は、酒を飲んだことがない。
「えっと、」
 ヤスが見計らったように、俺の話を遮る。
「言ーたいことは、飲んでから言え♪ 飲んでから言え、飲んでから言え♪ マジ黙れ! 早く飲め!」
 ヤスと俺の掛け合いを見て、他の人たちも同じコールを始める。
 困ったな。カミを見る。楽しそうにコールに興じている。しかし、なんて声の大きさだ。全員、音量がぶっ壊れていると。
 自分に降り注ぐ全力の声は気持ちがいい。俺は、高揚感が膨れた。缶を口につける。一気に酒を飲み干す。苦。薬のようなレモン味。おいしくはない。だが、それは、大人になったと感じさせるに十分な味がした。
 飲み干し終わると、今朝、カミを犯したデブが、空缶を持った俺の手を挙げる。
「ウェーイ」
「パブが飲んでー、ポパイが飲まないワケがない! 友情一気! 友情一気! 友情一気!!」ヤスが仕組んだ大合唱の中、このポパイとかいうデブは、持っている緑色の酒瓶を飲み干す。
 こいつ、全く今朝のことを反省していないのか? 俺は怒りが溢れ出してきた。だがなぜか、カミも特に気にしていないようだ。
「ウェーイ」なんつって、酒を飲み干したポパイとハイタッチをかます。一体どうなっているのだろう? それとも、おかしいのは自分のほうか?
 奥では3人の男が、でんぐり返しをしながら路上を競走している。1人は膝を擦りむいているが、至って平気な顔だ。
 他のグループは、少女が男に、顔を茂みに押し付けられている。少女も相手を蹴り返している。オシャレをしているというのに、パンツが丸見えだ。そして、みんなもそれを止めず、近くで見ながらエロい言葉を叫んでいる。誰も助けようとはしない。踊りながら叫んでいる奴もいる。
 なんだこれは? おばあちゃんから「女の子は助けるものだ」と教わっていたのに。俺は、なんだか奇妙な気分だった。
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