第36話 啓示

文字数 1,581文字

 ケンジと話して以降、自撮りも遊びも、用心棒の仕事にも身が入らない。確かに、仲間といる時間は楽しい。だが、頭の中にある時計の針の音がうるさい。一日を無駄にすると、人生が浪費されていくような気がする。
 俺は漠然と、20歳には死ぬんじゃないかと思っていた。仲間たちもそう言っている。だが、トー横に集まってくる大学生やホストたちを見ると、口では「短命万歳」と叫びながらも、臆面もなく生きている。ホームレスも同様だ。お互いがお互いの悪口を言い合い、ただ、三大欲求を満たす方法を考え、息をしている。
 俺の頭の中には、いつもアデサンヤが美しく動いていた。打撃だけではない。漫画『ナルト』に出てくる努力の天才、ロック・リーのコスプレをするアデサンヤ。対戦相手を煽るために暴言を吐きすぎるアデサンヤ。後に謝罪するアデサンヤ。戦争反対を訴えるアデサンヤ。どのアデサンヤも輝いている。
 頭の中だけで留めておくには、俺のアデサンヤは大きくなりすぎた。俺は思い切って、カミに相談した。
「俺、格闘家、目指したいかも」
 界隈では、口だけのデカい話は歓迎される。だが、真剣な未来の話に対しては敬遠される節がある。俺は、喉を鳴らして答えを待った。
 カミは、驚いた顔をした後、目を光らせた。
「いーじゃん! パブは体おっきいからね。アゲー」
 カミからの許可はもらった。嬉しい。
 俺はとめどもなく、自分の中で膨らんだ大きなアデサンヤをカミにぶつけ続けた。
 カミは、うなづきながら話を聞いてくれた。だが途中から、指で髪を巻き、スマホを弄っている。
 さすがに興奮しすぎた。俺は反省して、話すのを止めた。カミはもう、何も聞いていない。乃木坂46の新曲を歌いながら、ずっとスマホをいじっている。
「歌、うまいね」
「ありがちょ」
 これ以上話すことができない。俺はただ、カミの歌を聞いていた。
 どのくらい経っただろう。歌うことを止め、カミは、急に、俺に近寄ってきた。声が明るい。
「これ、見て!」
 なに? カミのスマホを見る。
 『地下格闘、新宿武闘会、出場者募集!!
 俺はカミを見た。カミは自慢げだ。
「私の担当が、格闘技に出場してるとか言ってたの思い出してさ。今、LINEで聞いてたんだ。そしたら、これ、送ってくれた」すぐにカミは、俺のスマホに、応募フォームを送信してくれた。
 俺のテンションはおかしくなった。思い描いていた夢の中には、UFC王者になって、カミと一緒にアメリカに住むところまでが含まれている。俺のために調べてくれたのは嬉しい。けれどもカミは、いつの間にか、ホストと知り合っているようだ。他のトー横キッズと同じように、担当までがついている。
 俺じゃ駄目なのか? 俺は、カミに最初の頃に言われた言葉を思い出した。「私のタイプは、背が低くて、黒髪マッシュで、犬顔で、DVしそうで、優しい人なの」と。
 以降、193cmのハツジは、少しでもカミの理想に近づくため、黒髪マッシュにしたこともある。だが、全く似合わなかった。今は自撮り界隈風に、片目を隠した黒の長髪にしている。だが、元々の性格がそうではない。誰もいない時は、いつも後ろに縛っている。サイドや後ろも、他人に見えない部分は刈り上げだ。
 顔も、犬顔ではない。好きな人にDVだなんて絶対に出来ない。結果、残ったのは、優しいという部分だけだ。これでは、「男という性別だから」という理由だけでアイドルに告白するようなものだ。まるで相手にならない。
 たぶん俺は、トー横キッズやホストたちとは、そもそもの遺伝子が違うのだろう。自分の素質的に、どちらかというと、全身に刺青入れて、「ウェーイ」と粋がっているラッパーの方が似合っているのかもしれない。それでも俺にとって、カミは神だった。
「ありがとう」
 心の痛みを隠して、俺は、地下格闘の試合に出場することを決意した。
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