第68話 永訣の朝

文字数 1,450文字

 次の日、新宿では、いくつかの大きな事件がニュースとして取り上げられた。1つは、雑居ビルで何十人もの死傷者を出した、暴力団同士の抗争事件。1つは、APAホテルから飛び降りた、若い男女のよくある自殺。そして、もう1つは、トー横の王、西園テトラ、本名、鈴木太郎の、児ポによる2度目の逮捕だ。
 鈴木太郎はいつも通り、動揺していないふりをして、カッコつけてパトカーに乗り込んだ。刑務所では、義侠心による犯罪は尊敬されるが、女関係の犯罪は軽蔑される傾向がある。これは、多分に嫉妬が大きい。タロウは、どんな嘘を吐いて刑務所内での位置を保とうかと考えていた。
 だが、タロウは気づいていない。もう自分が、若者たちには必要がなくなっているということを。次に界隈に戻ってきた時、タロウはもはや、若者の代弁者ではない。大人の犯罪者として、子供たちからハブにされる。
 時代は流れた。界隈は、四天王がそれぞれ次世代の王として君臨し、また、ハグれた若者たちを食い物にする。ハグれた若者はグレた大人になり、バカものたちを食い物にするため、界隈へと留まり続ける。
 歴史は繰り返す。それが人間だ。このような事件は、やがて飛び火する。各界隈でも、同じような事件が起きていく。救世主は、いつか現れるのだろうか。いや、現れない。棲み分けは、ますます加速していく。
 ここに集まるのは、今しか考えられない、自分の欲望だけしか考えられない連中だけだ。それは、これからも変わらない。
 未来のことや、将来のことを考えられる連中は、この場所を横目で見て、鼻をつまみながら通り過ぎる。なぜなら、関わったら面倒になることを、頭のいい連中は理解できてしまうからだ。
 だが、それで世界は成り立っている。この広場に集まっている連中は、先のことなど分からない。親や学校から逃げた先には、親切な顔をした怪物が口を開けて自分を待っている。そんなことにも気付けない。
 ただ、自分にとって都合の悪いことを攻撃し、自分以外の全てが悪いと仲間に愚痴り、酒や麻薬や性行為に耽るだけだ。そして、仲間と思っている連中も、自分のことを棚に上げて、心の中で密かにお前をバカにしている。全ては、自分も含めて、一過性の他人事。そうして歳をとっていく。
 だが、自分をコントロールすることは極めて難しい。
 コンビニの入口には、『今月いっぱいでフリーWi-Fiを中止とさせていただきます』という紙が貼られている。おそらく全国で、コンビニに屯する人たちが増え過ぎたのだろう。
 何事もやりすぎると、せっかく、為政者が親切で施してくれた様々な権利を奪われる。けれども、止められるまで調子に乗り続けてしまうのが、自発的な教育という訓練を受けていない、普通の人間というものだ。
 そして同じように、自分の責任で人生を切り開くこともまた、極めて難しい。昨晩、平本蓮は、Instagramで、無言で頭を抱え続ける8分間のライブ配信をおこなった後、行方をくらませてしまった。
 力には逆らうな。力が優しいからといって調子に乗るな。今月1000万円を稼いだキャバ嬢のヒメは、アイコスを吸いながら、その場を後にする。
 会社に所属しているサラリーマンたちは、自殺現場に眉を顰め、スマホで状況を盗撮しながら、足早にその場を通り過ぎる。もちろんニュースでは、権力者のためのソープランドがあったなんていう情報は流れない。
 たくさんの警察や消防がトー横に集まる中、警官の後ろで、ブンブンシティーは、一人、ヤリラフィーを踊っていた。
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