第15話 ハローワーク(1)

文字数 1,360文字

 新宿区役所第二分庁舎を出た俺は、その足でハローワークへと向かうことにした。 ハローワークとは、仕事がもらえる場所である。
 区役所で味わった嫌な気持ちは切り替えよう。カミと生きるためだ。俺は御守りを握りしめ、再度やる気を取り戻した。
 小さな失敗は何度してもいい。全ては、成功の糧になる。ハローワークもいくつかの建物に分かれているということを、俺は先ほどの失敗で学んでいた。今度は間違わない。
 役所は幾つにも分かれている。これが都会の常識だ。俺は、数あるハローワークの中から、新宿わかものハローワークを選択した。34歳以下はここへ行けと書いてある。これが一番、今の自分に合っていそうだ。 しかし34歳か。母と同い歳だ。俺は、国の制度的に、母がまだ、自分と同じ若者に分類されていることに違和感を覚えた。
 新宿わかものハローワークまでは少し遠い。駅の反対側だ。徒歩だと20分ほどかかる。だが、どうせ母からの連絡は来ないのだ。時間はたっぷりある。
 街並みも、大きかったり、沢山あったり、新しいものだったりと、歩いているだけでも楽しい。ネトゲ環境が整ったら、ゲーム仲間に、この大冒険を自慢してやるんだ。そのためには、まず、仕事をもらってお金を得る。お金が余ったら課金もしよう。俺は、期待に胸を弾ませながらビルの前に立った。
 あれ? ここで合ってるら? 俺は何度も、地図とビルを見比べた。9階建てとはいえ、昭和に造られたような汚めの雑居ビル。もう少し低ければ一関にも建っていそうだ。お昼時なのに人数も多く、隣ではビールフェスティバルも開催されている。スーツ姿の人間が多く見られるが、それなりに治安も悪そうだ。
 建物のすぐ後ろに、何倍もの大きさで、斬新なデザインのビルが建っている。若者向けというなら、あちらのビルの方が自分たちにはふさわしいはずだ。再度、ネットで調べる。
 そうだよな。間違ってない。ここで合っている。後ろにある50階建ての超高層ビルは、『コクーンタワー』という、デザイナーの卵たちが勉強する専門学校らしい。
 金持ち息子の道楽ビルか。心の中で毒づいて、俺は、ハローワークのある『松岡セントラルビル』へと入った。
 思ったよりもビル内は清潔だ。案内板に、「ハローワークは9階」と書いてある。ここのエレベーターは、カードがなくても使用できる。俺はもう、エレベーターを経験している。都会の人と同様に、行き先ボタンを押せる。
 ガー。9階に到着。扉が開く。フロアすべてがハローワークになっている。清潔で明るく、広い部屋。受付やカウンターがあり、まるで銀行のようだ。
 昼間だというのに、30人はいるだろうか。制服のようにファストファッションで身を固めた人たちが、揃いも揃って、浮浪者のようにウロウロとしている。まるで、無能のるつぼだ。
 社会の中の最底辺中の最底辺。学校にも行けず、親からも見放され、それでも社会に縋り付くための最後の砦。 俺は、少々恥ずかしかった。けれども、仕事がないとお金がもらえない。ここで仕事を見つけることにより、ようやく俺は、社会人としての一歩を踏み出せる。
 仕事をもらって働ければ、来年頃にはきっと、今日という一日を笑い話として話せるようになる。行くしかないら。俺は、今の自分の現状をしっかりと受け止めた。
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