第44話 再起

文字数 1,618文字

 敗戦から7ヶ月。俺は満を持して、再び、地下格闘のリングへと足を踏み入れた。今度は誰にも言っていない。たった1人だ。セコンドもいない。チケットも誰にも配っていない。全て自分で買い取った。
 トー横仲間は、俺が無敵になったら呼ぶつもりだ。『Two Hearts』の仲間にも伝えていない。ジムとしては、地下格闘に参加することを快く思わない人が多いからだ。
 けれども俺は、ここで雪辱を晴らす必要があった。カミの涙やテトラの撤退。もう、自分の弱さで悲しい場面を見たくない。そして何より、カミの担当とかいうホストよりも、俺の方が上だという確かな実績が欲しい。
 一戦目は奇しくも、前と同じような体型の男だ。昔、ラグビーをやっていたらしい。184cm100kg26歳。強そうな男。だが、100kg以内という甘えがあるためか、お腹にはまだ、脂肪が乗っている。
 一方の俺は、筋肉でパツンパツンの89.3kgに整えた。確かにルールでは、体重がある方が有利だ。けれども、俺が目指している場所は、UFCライト級王者だ。規定体重以内。自分に課したルール。地下格闘の出場選手など、どれだけ強くても、UFCに出る選手の足元にも及ばないはずだ。こんなところで体重を理由に負けているなら、まだ夢を語る資格なんてない。
 今回の試合の流れも、また前のように凡戦続きだった。
 相手は、やけにいきがって俺を睨みつけてくる。だが、今度こそ、俺と相手では覚悟が違う。役者が違う。
 勝敗は、一瞬で決した。
 開始6秒。
 俺の必殺技である三日月蹴りが、相手の肝臓に突き刺さった。
 相手は崩れ落ち、うめき声を上げている。息を吸う瞬間を狙ったのだ。さぞかし苦しいだろう。対戦相手が、DVを受けて縮こまっていた過去の自分に重なる。
 地を這う芋虫よ。さらば。俺は脱皮し、空へと飛び立つ。
 俺は天を見上げ、真っ直ぐに指差し、賞賛と照明を体全体で浴びた。原石を集めてガチャを引くように、努力をしてきた分が自分に戻り始めていた。

 MMAルールに則ると、人の急所を攻撃することはできない。せいぜい、顎や脳だけだと思っていた。けれども、練習をするうちに分かってきた。急所とは、目や後頭部や脊髄や金的だけではない。肝臓や脾臓、鳩尾や横隔膜、肋骨を折ったり、ふくらはぎの腱を切るカーフキックも有効だ。
 元々、俺は、精密な打撃をずっと練習していたのだ。急所があるということを理解してからは、破竹の勢いで勝ち進んでいった。急所に一撃。怪我もないので、2週間に1度のペースで戦える。
 こうして蘇った俺は、たった半年で、地下闘技場の100kg以下級チャンピオンになった。ただ、カミの担当は60kg級のチャンピオン。直接戦うことはできない。自分が上だと証明するために、俺は、1階級上、無差別級のチャンピオンにも挑戦した。そして、瞬殺で打倒。名実ともに、地下格闘最強の名を手にした。
 目標や覚悟が自分を育てる。UFCチャンピオンを目指している俺は、他の格闘家くずれとは一線を画す強さを手にしていた。
 『黒い狂犬』ブランカから、『神の犬』パブというリングネームで戦っていた俺は、いつの間にか、みんなから、『トー横の王』パブと呼ばれるようになっていた。試合には、いつもテトラとポパイがセコンドとしてつき、トー横仲間たちが応援に駆けつけてくれた。
 SNS界隈でもパブの名は轟いた。俺に会いにくるキッズは、続々と増えていった。仲間たちが誇り高そうだ。見ていて気持ちがいい。もうすぐプロの試合も決まりそうだ。
 カミも、アイドルの4次審査を通過したらしい。それからは、マスコミ対策ということもあり、トー横には来なくなった。
 俺はもう、地下格闘に残した未練は全て叶えた。トー横でやり残したこともない。ここは居心地がいいが、夢に向かって、新しい場所へと羽ばたく必要がある。
 まずはプロの試合だ。俺は、地下格闘とトー横から卒業することにした。
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