第59話(カミ) 中傷SNS

文字数 2,624文字

 ハツジが悩んでいる間、カミにも大きな進展があった。見事、アイドルグループに合格したのだ。
 だが、次の日だ。トー横キッズ時代の病んだSNSの写メが流出し始めた。それだけではない。挙句の果てには、どんな中身かは分からないが、彼女のハメ撮り動画がある、という情報すらもが、ネット内を駆け巡ったのだ。
 いくら「加入前の生活態度は不問にする」という不文律があるとしても、限度がある。世間では、アイドルの一大スキャンダルとして取り上げられた。
「そんな女をメンバーにするな」
「裏で、アイドルの情報を流出されてしまうぞ」
「裏社会と繋がっているだろう」
「清純な他のメンバーを、反社と繋がる危険に晒すな」ファンたちは、こぞってカミを糾弾した。
 今まで、10年間もかけて積み重ねてきたグループの信頼に関わることだ。嘘のSNSも登場し、世間は揺れに揺れた。カミも、こうなるかもしれないということは薄々恐れていた。世間的に悪いことをしていたのも知っている。けれどもカミは自分でも分かっている。あまりにも子供だったのだ。
 普通なら子供は、分別がつくまで親が面倒を見る。だがカミは、親が無関心すぎた。自分自身が大人になるまで、自分の身を守ってくれる人が誰もいなかった。
 もちろん、自分のやったことには責任を取らなくてはならない。カミも十二分にわかっている。けれども、それで自分の未来が全て潰れてしまうことに対して、なかなか受け入れることができなかった。
 アイドル事務所の運営は、カミの魅力を知っていた。特に、歌が抜群に上手い。長い目で見た時に、このグループの新しい武器になれる力を秘めている。なんとかして火消ししたいと、奔走している。けれども、なかなか炎はおさまらない。
 そりゃそうだ。ファンはアイドルに、可愛さだけを求めているわけではない。歌のうまさも求めていない。多くは、清純さを求めている。いくら、これから努力するとは言っても、今までがビッチだった少女よりも、生まれてからずっと潔癖に生きてきた少女のことを応援したい。
 運営やグループの何人かは、カミのことをいつも慰めてくれた。「いつか讒言も終わるよ。一緒に頑張ろう」と言ってくれた。とてもありがたい。けれどもカミは、自分を完全に偽っていた。親の前や学校の時のように、猫を被っていた。本音で生きることができない。
 カミは、ハツジに相談したかった。Zenlyは消しているが、花園神社に行けば会えるだろうとも思った。けれども、今は行けなかった。潜伏先こそバレてはいないものの、トー横キッズだったのではないかということで、何人ものマスコミが新宿で取材をしているからだ。今、男と会っているというニュースでもでたら、さすがに運営も庇いきれないだろう。
 今できることは、ただ、誠心誠意謝罪し、精一杯練習することしかない。だが、元々が繊細なタイプなのだ。誰も求めていない加入に思えてきて、カミは病んだ。何もかもを振り切ろうと、必死で練習を続ける。だが、全く身が入らない。メンバーの中にも、擁護派と反対派で亀裂が入っている。
 そのタイミングで決定的なことが起きた。運営の元に、匿名で、カミのハメ撮り動画が送られて来たのだ。『これ以上活動を続けるようなら、一番売れている時期に、動画の販売を開始する』という匿名メールと共に。
 話題になるから多少の炎上はいい。だが、いつかは暴発する爆弾を抱え続けるのは、あまりにもグループ全体としてのリスクが高い。カミが真面目なアイドルになればなるほど、爆発した時のダメージが大きくなるからだ。カミが生まれ変わったように真面目な少女になったことは分かっていながらも、運営はついに、カミの活動辞退を決定した。
 カミは呆然とした。申し訳なさそうな業務メールが一通送られてきた後は、毎日のように連絡をくれていたメンバーや運営からの連絡はない。もうグループ内に、カミの居場所はない。ネットを見れば、「いなくなって清清した」というコメントが並ぶ。アイドルになるために関係を絶ったトー横キッズの仲間ももういない。日本のエンタメ業界の話題の中心になっていたカミは、大人の運営の決断により、一瞬にして、この世界から弾き出された。
 悲しみに暮れるカミ。連絡を取れる人が誰もいない。外に出ればマスコミに見つかってしまう。そんな時、自分を探して、連絡をくれた人がいた。

 もし、ハツジが今のカミの状況を知っていたら、必ず助けにいっただろう。なぜならカミは、ハツジの夢の一つなのだから。だが、ハツジが熱心にMMAの練習をしていたことにより、逆に、世間の情報が全く入らなかった。
 専門家は、他の情報を見る余裕がないくらい、自分のやることに集中している。一緒に練習しているプロ格闘家は、格闘技以外の情報を全く手に入れていない。世間でどんなに騒がれていても、アイドルの情報を追っている者はいない。今回は、それが不幸だった。
 カミに連絡をくれたのは、昔の担当ホストだった。担当は以前、売掛金の回収の際、反社に頼んで、カミの実家の住所を手に入れていた。一緒にカミと寝た時、こっそりと合鍵も作っていた。カミの実家が留守になったタイミングで忍び込み、幾つもの盗聴器とカメラを仕込んでいた。そうしてようやく、カミの居場所を探り当てたのだ。
 もちろん担当は、カミにそのことを話していない。ただ、「君が心配だと思ったら、週刊誌に写ってた背景に見覚えがあって。居ても立ってもいられなかった」とだけ話して、カミをそっと、胸に抱きしめた。
 いけないとは思っている。けれども、担当はカミのドタイプ、直球ど真ん中だ。寂しい時に、この欲望は耐えられない。カミは、担当にはまった。担当は、言葉巧みに、出張ホストとして、カミに金を使わせた。
 夢を失い、傷ついたカミは、担当に溺れていった。カミは、まだ16歳。幼くて自制心も効かない年齢だ。担当は、彼女から絞れるだけたくさん金を絞りとり、あっという間に、返すことができないほどの借金を背負わせることに成功した。
 1週間後、担当は、領収書をカミに渡した。1000万円の借用書を見たカミは、その時初めて、現実に戻った。だが、その時にはもう遅い。
「どうしよう……」カミは担当に相談した。だが、それは新興宗教と同じだ。相談相手は、搾取する側の人間なのだ。担当は、優しく甘い言葉を使い、頭を撫でながら、カミを高級ソープへと沈めた。
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