第25話 トー横

文字数 2,022文字

 それからは、ここに集まっている仲間について、色々と教えてもらった。 
 TOHOシネマズの横だから、トー横といわれていること。マスコミや夜職からは、トー横キッズと呼ばれていること。元々は、テトラが、#自撮り界隈というハッシュタグで仲間を集めたこと。全員にあだ名があるのは、インスタやTikTokで自撮りをする際に必要だからだということ、などだ。
 言われてみると周りでは、半分以上の人がスマホで自撮りをしている。服装も同じ感じだ。ぴえん系、地雷系、量産型という。
 今いる主要メンバーは、テトラに会いたくて来た少女と、その少女たちに会いたくて来た若者らしい。女の年齢層は12歳から18歳、男は16から22歳が多い。
 トー横界隈の真似をして、大阪にはグリ下、神奈川にはビブ横、名古屋にはドン横、福岡には警固と、界隈は大都市のあちこちに作られている。この文化を作ったのが、このテトラという訳だ。そりゃ『トー横の王』と言われる訳だ。
 隣から、男女の会話が聞こえてくる。17歳の男と12歳の女のようだ。
「俺、将来はホストになるんだ。だからお前、俺に貢げよ」
 大してカッコよくもない男に、少女は目がハートだ。財布から千円札を取り出して渡す。
「ふん。すくねーな。もっと持ってこいよ」
「でももう、お年玉も全部使っちゃったよ」
「だったら、親の財布とかあんだろ? リュウカは今年、もう、90万も貢いでるぞ」
 少女の目の色が変わった。
「私も、もっと頑張る!」
「いいぞ」頭を撫でられて嬉しそうだ。
 何だこれは? ハツジは戸惑ったが、誰も特に意見する人はいない。あちこちで「可愛いね」、「友達になろう」と声を掛け合っている。
 なるほど。男たちは誰一人として本音を話していない。だが、誰一人として女を否定してもいない。そして、嘘を本気と勘違いしてしまった女が、あらゆるものを失い、最後には大喧嘩が勃発する、という仕組みだ。
 俺はやったことがないが、お互いに「愛してる」と言い合って、照れた方が負けというゲームに似ていると思った。愛という言葉が、ここではあまりにも軽過ぎる。普通、愛とは、胸の中に深く秘めておくべきものなのかと思っていた。もし自分がメルカリをやっているのなら、ここで安く仕入れて、一関で高く売りたい。
 通りの奥から、3人の警官が来た。
 警察! ここで捕まるのはまずい。でも、捕まれば母の元にタダで帰れるか? いや、もし帰れても、その後には母とツレからのこっぴどい仕打ちが待っているはずだ。どうしよう。
 警官は、奥から順番に、「ここにいるのはやめなさい」と注意している。逮捕はされていないようだ。よく考えると、警察も万能ではない。3人で100人は検挙できないようだ。
 警官の後ろでは、上半身裸の男が、隣の女とセックスの真似事をして挑発している。「下も脱ぐと捕まっちゃうけど、ここまでなら捕まらない」なんて大声で叫び、やけに自慢げだ。どこで変な法律を覚えたのだろう。さっさと捕まっちゃえばいいのに。
 変な踊りを踊っている集団もある。ヤリラフィーという、TikTokで流行っている踊りらしい。
 こんなにもヤバい奴らが集まっているのに、警官たちは文句も言わず、淡々と、子供たちを移動させている。まるで機械人形のようだ。トー横キッズの中には、移動させられた端から、また元に戻る奴もいる。調子に乗っている人間はキリがない。警官もかわいそうだ。
「いこっ」テトラたちは、警察に声をかけられる前に移動を始めた。カミに言われて俺もついていく。なんせ、昨日は児ポもはたらいているのだ。これで補導されたら天国のおばあちゃんが泣く。
 テトラたちが向かった先は、トー横から100メートルも離れていない広場だ。俺は、ここがどこか、すぐに分かった。泊まったAPAホテルもある。昨日のシネシティ広場だ。
 この広場は、トー横よりも年齢層が高い。花火をしている集団や、ボクシンググローブをつけて真似事をしている集団もいる。トー横は、インキャで根暗な美男美女が多いイメージだった。だが、こちらは、普通の格好や、スーツを着た人も多い。暴力的な人も多そうだ。
 テトラたちは、ここの端に、ピクニックのようにして荷物を下ろした。
「えっ? 警察は大丈夫なの?」
「こっちは来ねぇよ」カミは笑った。
「こんなに近いのに?」
「誰かに通報されねーと警察は動けねー。ここは広場だし、危なそうな奴もいんだろ? 通報したことが分かると、奴らがどう動くか分からねー。怖くて誰も通報しねーんだわ」
「法の網をくぐった作戦だね」ヤスは自分の頭を軽く触り、なぜか誇り高ぶった。
 暴力団ぽい大人たちを盾にしているのか。
「アゲー」トー横キッズは、みんなで勝利の雄叫びを上げる。
 何だろう。ゴキブリみたいだ。まるで、弱い自分たちに酔っているような。全てを誰かのせいにしているかのような。だが、この空間が、なぜか俺には居心地良くなり始めていた。
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