第4話 僕のヒーローアカデミア

文字数 1,658文字

 俺は、迷路の壁のように大きなビルと、まだ昼間だというのに明るいネオンの道を、人混みに紛れながらまっすぐに進んだ。一関では、ほとんどのビルは低い。せいぜい、高くて3階だ。それが、この街では全てが10階近くはある。
 迷路のようにビルが並んでいても、歌舞伎町の地図は簡単だ。曲がりくねった道がない。碁盤の目のように、まっすぐ四方に伸びている。俺は、道に沿って迷わずに進んだ。突き当たり。曲がる。と、目の前に突然、目指していた『トーホーシネマズ』が現れた。
 デカい。8階建てだとネットには書いてあったが、まるで、ロシアの宮殿だ。屋上には、巨大なゴジラが顔を覗かせている。実物大だろうか。一関にいたら、どこにいても隠れることができないだろう。だが、この新宿という街は、そのゴジラよりもさらにデカい。確か、映画では思う存分暴れていたが、この程度の大きさでは、とてもとても、首都を破壊することなどできないだろう。
 そして、このビルは、この街は、全て人間が作り上げたんだ。俺は人間の凄さを知り、自分が人間であることに優越感を覚えた。
 ピルの中に入る。『KFC』、『銀だこ』、『リンガーハット』などなど。1階には、聞いたことのあるチェーン店が勢揃いしている。2階には、まだ俺は入れないが、パチンコの店がある。子供の頃に母が通っていたようなパチンコ店とは、どこか上品さが違う。
 3階から6階が、目指していた映画館だ。凄い。葬儀屋よりも小さなビルの『一関シネプラザ』しか見たことがないハツジには、衝撃以外の何者でもない。スクリーンが2室ではなく、12室もある。部屋の大きさも全て倍。さらに、最新鋭というにふさわしいシステムもたくさん兼ね備えていた。
 3D映画というのは聞いたことがあるが、MX4Dとまでいくと、もはや何のことだか分からない。値段は2200円。ポップコーンを食べなくても足りない。『一関シネプラザ』では、確か1000円くらいだったような気がするのに。それでもハツジは、何だかわからないものを体験してみたかった。
 首にかけているおばあちゃんの形見の御守りを、服の上から握りしめる。神社のようだが、十字架が刺繍されている御守りだ。キリスト教のものなのだろうか。忠誠の御守りで、何にでも効果があると言っていた。だが、学業や円満なら話は分かるが、忠誠とはなんなのか。まぁ、年をとっていたので、あまり信じなくてもいいだろう。ただ、自分にとって大事な形見だということは間違いない。
 この御守りの中には、一万円札が入っている。いざという時のために使いなさいと、おばあちゃんが入れておいてくれたものだ。
 いざという時。それは今、では、さすがにないよな……。俺は思い出した。そういえば以前、お使いを頼まれた時にお釣りを間違われた500円玉がある。
 俺は、初めて身銭を切り、1人、豪華な映画館で、『僕のヒーローアカデミア』を観た。MX4Dは没入感がすごい。大画面に入り込み、空を飛び、地面が揺れ、水をかけられる。大興奮だ。いつか映画だけでなく、ゲームもこんな画面でやれる日が来るかもしれない。俺は、自分だけが先の未来を感じているように思えた。
 映画を見終えた。こいつは大満足だ。今晩帰って『フォートナイト』をやる時に、みんなに自慢してやろう。ああ。マジかっこよかった。ヒーローになりてぇ。絶対に今日は、敵をやっつけまくって、ビクロイを3回は取る。
 俺は、正義感に溢れて映画館を出た。外は暗くなり始めている。集中して映画を見た。メチャクチャお腹が空いている。俺は、母にLINEで電話した。ん? 1分ばかり待つ。繋がらない。何度かかけてみる。繋がらない。そして、そのまま夜を迎えた。
 俺は空を見上げた。ビルが多すぎるせいで、太陽が地平線へと落ちたことが分からなかった。ネオンのライトが明るすぎて、この世界は、むしろ昼よりも明るく思えた。ただ、この明るい光は、太陽と違って、白くて冷たい。俺は急に、この世界に一人きりになったかのような不安を覚えた。
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