迷子

文字数 1,205文字

「暗いね」
『そうだな』
 甲信越軍2885少隊に一週間ほど留まってその辺の戦場を沈静化させた後、関東軍直属・独立支援型人型機部隊は再び移動を開始していた。
 次の目的地は静岡。関東へ敵を通さないための一つの拠点。
「どう?」
『それらしい物は見えない』
 そこへの移動中遭遇した小さな戦場で、行掛けの駄賃とばかりに乱入した。
 情報が間に合っていなくともどれほど小さくとも見掛けた戦場を青薔薇姫は決して見逃さない。残弾を消耗するまでもないと判断し火気を使うことなく掃討した後、いつものごとく機体の洗浄の方法を考えていた時にその情報を得た。
富士山の麓にある富士五胡の辺りで甲信越軍が大きな戦線を広げているらしい。関東の戦況が落ち着いた事で派遣された関東軍も参加しているが、それでも落ち着かずに長引いているとの事。
 湖なら、機体も洗いやすいだろう
 ついでに戦場であるなら、丁度いい。そこに行くか。
 そう言った青薔薇姫の希望に古谷が否を唱える訳もなく、その辺の戦場に訪問するのと変わらぬノリでもって進路決定をしてやってきたのだが。
「迷ったかな」
『そうだな。富士の樹海は昔から、迷う事で有名だからな』
 古谷は装甲車運転席で地図と睨めっこを続けている。
 青薔薇姫は人型で辺りの様子を伺いに出ていた。
 精度の高い電子地図はあるものの、把握している現在地があやふやではあまり意味もない。現在いる森の中では地図的に目印になるものもなくて、道らしきものはあるがどうやら手前で道を間違えたらしく当てにならなかった。
「センサーにも何も映らない?」
『うむ……四方50キロに何も反応は無いな。湖らしき物もない』
 すっかり夜になった辺りを見回した青薔薇姫からは、向かって左側に富士山が見えるという。(予定してたよりずっと南寄りに来てしまったっぽいなぁ)
 古谷はため息をつく。
「仕方ないね。引き返して……」
『ん、ちょっと待て。近くに微かだが熱反応がある。行ってみる』
「気をつけてね」
 彼女に関しては万が一もないのだろうが、それでもそう返して古谷はルートを決定するために、再び地図を片手に悩む。富士山だけが目印では地図も心もとないが仕方ない。
『おおっ、これは……!!』
 通信の向こう側から珍しく青薔薇姫の興奮した様子が届いた。
「え、何?」
『温泉が湧いている。丁度いい。入れば疲れも取れよう』
(おん、せん?)
 知らない単語に、古谷は首を捻る。
 古谷が問うよりも先、落ちた沈黙に何か察したか青薔薇姫が教えてくれた。
『温泉とは地中から湧く熱を持った地下水の風呂のことだ。富士は古くから活動する火山だからな、あり得ないこともなかろう。まあいい、入れば解る。迎えに行くから、とにかく準備しろ』
(えっと、自然の風呂って事?)
 珍しく饒舌な青薔薇姫。
 一方的に通信を切られた後、言われた通りに風呂の準備をしながらも古谷は未だはっきりした温泉のイメージが摑めずにいた。
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