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文字数 1,743文字
その日の青い服の機人の動きは、一言で言うなら『悪魔』だった。
それを外から見たのは、意志薄弱な人形ばかりだったけれど。
青薔薇姫の言う「少し無理」な動きを体感しながら、普段の彼女がいかに己に気を遣って人型を動かしていたか、古谷は思い知る。いや、古谷だけではなく、繰る人型にすら気を遣って動かしていたのだろう。
その全部を使い切ろうとしたら、こうなるのだ。
必死で操縦席にしがみついているばかりの古谷に、さっきから人型の内部からの警報が聞こえている。
外部要因ではまだ一度も損傷していない。
これは、いわゆる過稼働。オーバーヒート寸前の警報。
酷使され過ぎた筋肉など生体部分の全組織が、数値的に危険領域だ。
電子処理部分は予め設定された通りにエラーを弾き出しつつ、辛うじて警報を鳴らしている。この状況で強制的に止まる構造にはなってないようだ。
安全装置があったなら青薔薇姫が切っているとは思えない。
彼女は自身のみなら粗雑に扱えど、同乗する古谷の安全を常に気遣う人だ。
きっと、人型の運用において、これほどの使用は想定されていなかったのだろう。
鳴り響く、心を不快に撫ぜる警告音。
けれど止める言葉が出てこないのは、神経接続を通して伝わってくる怒りのせいか。普段になく感情を露わにして暴れ続ける彼女を止める言葉を持たない自分を知っているからか。
最後の敵を屠った直後、ガシャンという音と共に青の機人は動かなくなった。
人に爆薬を持たせ、敵と共に自爆させる。
ソレは確かに、確実という点においては良い戦術なのだろう。今戦っているのは、理屈は不明だが人に寄ってくる性質を持ち人の手による攻撃が最も通る敵だから、なおさらだ。
実際の戦場でも、関東軍でだって歩兵の殆どがいざという時の自爆用の爆薬は持っている。上からの命令ではない。最後アレに屠られただ死ぬくらいなら、という歩兵たち自身の選択で。(人型の場合、破れ損傷し完全停止しても、資源再利用の観点で保存が望まれるので自爆は認められていない)
過去の人同士の戦場においても、そういう行為があったと知っている。人、時に人以外の動物。
しかし、そんなもので守られる平和にどれほどの意味があるのか。
現場を確認しようと外に出て、死ぬために並んだ人々を見て、古谷は絶句する。
見たことのある顔。鮮やかな、金の髪。夏の花の名を冠する、少女。
全て同じ。
「こんなことって…………」
「クローン、と言う言葉を知っているか?」
動かない人型から、青薔薇姫の声。独り言のような小さい古谷のつぶやきを拾ったかはわからないけれど、淡々と彼女は語った。
「今は全国で研究が禁止されているが、過去には全国の管轄全部に各々研究所があった。もちろん中部軍にも、あっただろう。名古屋の平和は、このようにして守られていたというわけだな」
吐き捨てるような言葉は、普段の青薔薇姫では考えられないほど棘が滲む。
「成る程、強固な防壁には違いない。コレなら特定の場所へ敵を招き寄せ確実に滅ぼせるし代わりもすぐ用意出来るのだろう。前線に誰も来ないなら、他の誰も傷つかない。一人で皆なら、『向日葵姫』の撃破数は増え続けるだろう」
結局、青薔薇姫は操縦席から出て来なかった。
古谷は目の前の光景を、彼女の代わりに目に焼き付けた。
どこかの誰か達の、この世の汚濁をかき集め煮詰めたような思考から生み出された目の前の景色を見ながら古谷は思う。
嫌なものから目を逸らすことは簡単だ。
しかし、それでもこの現実は消える事は無い。
己自身が此処にいるように。綺麗事だけで世界は出来ていない。
同じ日本でも、それぞれの軍の管轄下では各々の自由が認められているため、かなり方針が違う。それは知っていた。しかしこれは、すでに方針の違いどころの話ではない。
この先、西に進むなら、さらに激戦区になってゆくのは判っている。
ならば、これよりももっと酷い現実を目の当たりにしてゆくのかもしれない。
(その時、僕らは正気を保ったまま、その現実を受け止めてゆけるのだろうか?)
(いや、それ以上に、人類に嫌気がさしたりしないだろうか?)
(彼女は……戦う価値を、見失ったりするのだろうか?)
その問いは、答えが無いまま残る。
それを外から見たのは、意志薄弱な人形ばかりだったけれど。
青薔薇姫の言う「少し無理」な動きを体感しながら、普段の彼女がいかに己に気を遣って人型を動かしていたか、古谷は思い知る。いや、古谷だけではなく、繰る人型にすら気を遣って動かしていたのだろう。
その全部を使い切ろうとしたら、こうなるのだ。
必死で操縦席にしがみついているばかりの古谷に、さっきから人型の内部からの警報が聞こえている。
外部要因ではまだ一度も損傷していない。
これは、いわゆる過稼働。オーバーヒート寸前の警報。
酷使され過ぎた筋肉など生体部分の全組織が、数値的に危険領域だ。
電子処理部分は予め設定された通りにエラーを弾き出しつつ、辛うじて警報を鳴らしている。この状況で強制的に止まる構造にはなってないようだ。
安全装置があったなら青薔薇姫が切っているとは思えない。
彼女は自身のみなら粗雑に扱えど、同乗する古谷の安全を常に気遣う人だ。
きっと、人型の運用において、これほどの使用は想定されていなかったのだろう。
鳴り響く、心を不快に撫ぜる警告音。
けれど止める言葉が出てこないのは、神経接続を通して伝わってくる怒りのせいか。普段になく感情を露わにして暴れ続ける彼女を止める言葉を持たない自分を知っているからか。
最後の敵を屠った直後、ガシャンという音と共に青の機人は動かなくなった。
人に爆薬を持たせ、敵と共に自爆させる。
ソレは確かに、確実という点においては良い戦術なのだろう。今戦っているのは、理屈は不明だが人に寄ってくる性質を持ち人の手による攻撃が最も通る敵だから、なおさらだ。
実際の戦場でも、関東軍でだって歩兵の殆どがいざという時の自爆用の爆薬は持っている。上からの命令ではない。最後アレに屠られただ死ぬくらいなら、という歩兵たち自身の選択で。(人型の場合、破れ損傷し完全停止しても、資源再利用の観点で保存が望まれるので自爆は認められていない)
過去の人同士の戦場においても、そういう行為があったと知っている。人、時に人以外の動物。
しかし、そんなもので守られる平和にどれほどの意味があるのか。
現場を確認しようと外に出て、死ぬために並んだ人々を見て、古谷は絶句する。
見たことのある顔。鮮やかな、金の髪。夏の花の名を冠する、少女。
全て同じ。
「こんなことって…………」
「クローン、と言う言葉を知っているか?」
動かない人型から、青薔薇姫の声。独り言のような小さい古谷のつぶやきを拾ったかはわからないけれど、淡々と彼女は語った。
「今は全国で研究が禁止されているが、過去には全国の管轄全部に各々研究所があった。もちろん中部軍にも、あっただろう。名古屋の平和は、このようにして守られていたというわけだな」
吐き捨てるような言葉は、普段の青薔薇姫では考えられないほど棘が滲む。
「成る程、強固な防壁には違いない。コレなら特定の場所へ敵を招き寄せ確実に滅ぼせるし代わりもすぐ用意出来るのだろう。前線に誰も来ないなら、他の誰も傷つかない。一人で皆なら、『向日葵姫』の撃破数は増え続けるだろう」
結局、青薔薇姫は操縦席から出て来なかった。
古谷は目の前の光景を、彼女の代わりに目に焼き付けた。
どこかの誰か達の、この世の汚濁をかき集め煮詰めたような思考から生み出された目の前の景色を見ながら古谷は思う。
嫌なものから目を逸らすことは簡単だ。
しかし、それでもこの現実は消える事は無い。
己自身が此処にいるように。綺麗事だけで世界は出来ていない。
同じ日本でも、それぞれの軍の管轄下では各々の自由が認められているため、かなり方針が違う。それは知っていた。しかしこれは、すでに方針の違いどころの話ではない。
この先、西に進むなら、さらに激戦区になってゆくのは判っている。
ならば、これよりももっと酷い現実を目の当たりにしてゆくのかもしれない。
(その時、僕らは正気を保ったまま、その現実を受け止めてゆけるのだろうか?)
(いや、それ以上に、人類に嫌気がさしたりしないだろうか?)
(彼女は……戦う価値を、見失ったりするのだろうか?)
その問いは、答えが無いまま残る。