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文字数 1,146文字
ふっと、頭が撫でられる。
隣からのその手に、まだ顔が上げられない。
「問題はどうやって報告するか、だ。中部軍も警戒しているだろうからな」
現状では、有効で安全な通信手段がない。
関東への定期連絡は週に一度行っているが、その全部は訪問した先の軍施設の通信を利用していた。
しかしまさかこの事を中部軍の施設からそのまま伝えるわけにはいかないだろう。現状ですら通信は全て傍受されている可能性は高い。管轄軍が施設を利用する兵士に対して行うそれは合法であるから、文句も言えない。
かといって、今から他の管轄の土地まで移動するには、相応の時間が掛かる。
時間がかかるという事は、その間にまたあんな戦場が生まれるという事。
必要な連絡とはいえ、そのために他の、あんな戦場を幾つも見殺しにするわけにもいかない。
きっと青薔薇姫はそれを望んでない。
それがわかるから古谷は困っている……のだが。
「何が起こってるか、解ってるみたいな口振りだね」
顔を上げないままで、思わず古谷はそう言っていた。
まだ、何も彼女に話していないのに。
「……そうだな。狂気に囚われた人間の行き着く先など、たかが知れている」
「君、は?」
言いたい事のはっきりしない古谷の問い掛け。
「古谷、お前は私のことをおかしいと思うか? 狂っていると、恐ろしいと」
問いに問いを返された。
「……思わない。もし世界中の人がそう言っても、僕は君の事をそう思わないよ」
強い口調になったのは、彼女の中に諦めが見えたから。
らしくない。
彼女は、そんなものに潰される存在じゃない筈だ。
「そうか。ならば少し私も頑張ってみるか」
「今でも充分、頑張ってるよ」
古谷の言葉に青薔薇姫は、やわらかく笑った。ほとんど見せる事の無いその笑顔を、顔を伏せたままの古谷が見る事はなかった。
「いつもやっているのは、世界の中に納まる程度のことだ。これからすることは、世界がちょっとだけ揺れるようなこと。何、この場合、必要悪だろう。同胞達のためだ」
そこまで言って、少しの間を置いて、言葉を足す。
「いや、私のためだ。あんな戦場では思う存分戦えないからな」
「任せていいのかな?」
何かを決めたらしい青薔薇姫に丸投げするのは申し訳ないけれど、手段の見つからない自分よりはマシかもしれない。
「任せろ。関東軍に報告してくる。あやつらもたまには私の声も聞きたかろう」
どうやって、とか問うのは意味が無さそうに思えて、古谷は追及しなかった。
彼女は青薔薇姫。
この世の有り得ないものの象徴的存在なのだから。
「じゃあ、僕も温泉入ってくるね。資料は居間に置いてあるから」
「ああ。ゆっくり浸かって来い。ここはいい湯だ」
話が終わって顔を上げた古谷が見たのは、いつも通りに感情が薄い青薔薇姫の顔だった。
隣からのその手に、まだ顔が上げられない。
「問題はどうやって報告するか、だ。中部軍も警戒しているだろうからな」
現状では、有効で安全な通信手段がない。
関東への定期連絡は週に一度行っているが、その全部は訪問した先の軍施設の通信を利用していた。
しかしまさかこの事を中部軍の施設からそのまま伝えるわけにはいかないだろう。現状ですら通信は全て傍受されている可能性は高い。管轄軍が施設を利用する兵士に対して行うそれは合法であるから、文句も言えない。
かといって、今から他の管轄の土地まで移動するには、相応の時間が掛かる。
時間がかかるという事は、その間にまたあんな戦場が生まれるという事。
必要な連絡とはいえ、そのために他の、あんな戦場を幾つも見殺しにするわけにもいかない。
きっと青薔薇姫はそれを望んでない。
それがわかるから古谷は困っている……のだが。
「何が起こってるか、解ってるみたいな口振りだね」
顔を上げないままで、思わず古谷はそう言っていた。
まだ、何も彼女に話していないのに。
「……そうだな。狂気に囚われた人間の行き着く先など、たかが知れている」
「君、は?」
言いたい事のはっきりしない古谷の問い掛け。
「古谷、お前は私のことをおかしいと思うか? 狂っていると、恐ろしいと」
問いに問いを返された。
「……思わない。もし世界中の人がそう言っても、僕は君の事をそう思わないよ」
強い口調になったのは、彼女の中に諦めが見えたから。
らしくない。
彼女は、そんなものに潰される存在じゃない筈だ。
「そうか。ならば少し私も頑張ってみるか」
「今でも充分、頑張ってるよ」
古谷の言葉に青薔薇姫は、やわらかく笑った。ほとんど見せる事の無いその笑顔を、顔を伏せたままの古谷が見る事はなかった。
「いつもやっているのは、世界の中に納まる程度のことだ。これからすることは、世界がちょっとだけ揺れるようなこと。何、この場合、必要悪だろう。同胞達のためだ」
そこまで言って、少しの間を置いて、言葉を足す。
「いや、私のためだ。あんな戦場では思う存分戦えないからな」
「任せていいのかな?」
何かを決めたらしい青薔薇姫に丸投げするのは申し訳ないけれど、手段の見つからない自分よりはマシかもしれない。
「任せろ。関東軍に報告してくる。あやつらもたまには私の声も聞きたかろう」
どうやって、とか問うのは意味が無さそうに思えて、古谷は追及しなかった。
彼女は青薔薇姫。
この世の有り得ないものの象徴的存在なのだから。
「じゃあ、僕も温泉入ってくるね。資料は居間に置いてあるから」
「ああ。ゆっくり浸かって来い。ここはいい湯だ」
話が終わって顔を上げた古谷が見たのは、いつも通りに感情が薄い青薔薇姫の顔だった。