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文字数 1,445文字

「関東軍所属大佐、古谷疾風です」
 この名乗りも何度目だろう。最初にこう名乗ってから二階級上がってるし。
 人型乗りの階級は撃破数によるものが大きい。だからこそ延々と戦場を潰していく生活をしている自分たちは、昇級の祝いを受ける間も無く階級が上がってしまったが、撃破している数の多くが青薔薇姫の働きによるものと思っている古谷をして、今の階級に対して引け目こそあれ誇りなど持てる訳も無い。
 が、やはり軍において階級は重要。
 たとえ管轄が異なってても大佐クラスにもなれば結構な面倒ごとは回避できるようになってきたので、その意味では有効に使わせてもらっている。
 名乗った古谷に、目の前の中部軍の司令官は無表情で頷いた。
「ようこそ中部軍へ。噂はかねがね伝わってきておりますよ。青の機人……最近では青い服の機人と言われているようですが。関東軍からの伝達も届いています。大阪に向かう途中なのですよね、確か」
 穏やかな人、に見える。
 けれど何故だろう……どこか不快感を感じる空気を纏った男だった。まだ何も知らないけれど、なんとなく個人的には好きになれないかもしれない。でもそんな感情は表に出さず古谷はいつも通りに対峙する。
「はい。宜しければ物資の補給をお願いしたいのですが」
「後で書類を渡すよう指示しておきます。それに必要なものを記して提出してください。出来る限り協力しましょう」
「ありがとうございます」
「まあそう固くならないで。お茶でもいかがですか」
 自然な流れで勧められて。
 差し出されたものを無意識に飲もうとしたが、青薔薇姫の言葉が蘇る。
 険しい顔をしていたのも思い出す。
「どうしました?」
 口につける直前の姿勢で止まった古谷に、にこやかに尋ねてくる、男。
「そういえば、こちらに来る途中で黄色の人型を拾いましてね」
 さすがに、ここに来てない相棒に止められたから口に出来ないなどとも言えず、しかし世渡りには慣れきっていた古谷は動揺を見せることなく、すらりとそんな事を口に上らせる。
 ついでに、話を始めたのをきっかけに手をつけていたお茶の椀をテーブルに戻した。
「黄色の人型というのも驚きましたけど……向日葵姫、でしたっけ」
 そのとき、男の表情が少し歪んだのを古谷は見逃さなかった。
 小さなその変化は、すぐに隠されたけれど。
「軍人としては珍しい感じですね、彼女」
「内面には少々問題がありますが、彼女は我が中部軍でも屈指の人型乗りでしてね。もしよろしければこちらにいる間に彼女と人型を使った訓練などしていただけると嬉しいですね。他の乗り手の良い学習機会にもなりますから」
 誤魔化したな、こいつ。
 自分がそういうことに長けているからこそ、人のそれを見抜く術も自然と身につく。
 何かを隠すこと自体を、別に悪いとは思わない。何もかも見せるなんていうのが無理な話だ。誤魔化すのも隠すのもお互い様、ならば不快に思う理由などない。
「お茶、冷めますよ?」
 再度の催促。
 どうしても飲ませたいのか。
 とはいえ、あの青薔薇姫に止められた行為をする訳にはいかない。
 そもそもこんな場におけるお茶や食べ物など、普段であっても手をつけることの方が少ないものだ。長話をしているならまだしも、この程度の滞在ではなおさら、手をつけずとも不自然さなど無いはず。
「すみません、時間がないのでまた今度頂きます。これから買出しに行かなきゃならないんです。遅れたらまた怒られてしまう。それでは失礼します」
 にっこり笑って、古谷はさっさと部屋を退出した。
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