引き金

文字数 1,020文字

 研究所が見える場所まで来て、様子を伺う。
 中部管轄地域で向日葵姫に絡んだ研究所は一箇所だけ。分散させて情報が漏洩するリスクを増やす気はなかったのだろう。お陰で、たった一箇所を叩くだけで終わる。
 事前に回線へ侵入し掠め取った警備データを確認する限り、警戒が強化されつつあるが思っていた程ではないから、こちらが正確な場所まで突き止めているとは思っていないのだろう。関東軍の動きを知っていたとしても、指示があった今日その日にすぐ来る、とまでは考えてなさそうだった。
 甘く見られたものだ、と古谷は思う。

 人型に搭載される、本来は人ならぬ敵を打ち砕くためのミサイル。
 それは、どんなに厳重な施設であっても隅々まで破壊するに十分な数と威力を持っている。もちろん、対人など想定した設計はなされてないと思うのだが。
 指示に対して取る方法としては、十分だ。
「僕が、射つよ。ここからで充分だ。全部当てれば壊滅は決定するでしょ」
「しかしそれでは」
「させてよ。いつも戦闘を君にさせてる後ろめたさを少しは減らさせてよ、ね?」

 違う。
 これはただのエゴだ。

 彼女が人に刃を向けるところを見たく無いだけ。
 いつも迷いなく戦場に立つ姿を見ていたいだけ。

 きっと君なら迅速に仕事を終えてしまうのだろう。
 でも君に、こんな汚い仕事は似合わない。

 少しの沈黙の後、小さなため息をついて青薔薇姫は言う。
「わかった……任せる」
「うん、任せて」

 動かない的を狙うのは何て簡単なんだろう。
 その先にいるであろう沢山の命。
 それらの全てを見捨てられる自分。見捨てることに何も思わない自分。

 どうだっていい。
 とっくに汚れきっているのだ。
 今更、さらに汚れた所で、もう元の色も見えない。
 守るべきものがあるなら、それは自分の手では無い。

 あの場所は、自分が過去に捨てたもの。
 自分が過去に壊したもの。


 引き金を、引いた。


 動かない的は、あっという間に激しい炎と煙の上がる瓦礫の山と化していく。
 ああいう施設にはえてして火気厳禁なものが多く存在している。故に設計時から防御は固めているだろうが、それは人型からの攻撃では決してない。
 だから短時間で的確に必要な範囲に爆撃を当てていけば、後は放っておいても被害は一気に広がっていく。厳重な施設であるけれど、シェルターほどの強度は持っていない。
 外部からの不意で最悪の攻撃は想定されていないから。


 頬を伝って落ちたものは、気づかない振りを、した。
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