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文字数 1,182文字

 あの戦闘後に古谷がそれとなく調べまわって判ったことだが、四号機は他の機体と明らかにその性能が異なっていた。
 それは、いい意味で造った者の想定や既存の設定を越えていた。
 戦場の働きによってきっと上層部にもそれはもう知られている筈だ。

 生身の人間の限界を超えてしまっている機動力。
――もちろんそんな動きをさせてしまえる青薔薇姫の神経も人の限界を超えている。

 一瞬で神経や操作の切り替えが出来てしまう演算能力。
――シミュレーションはともかく現実的には、他の機体は数秒の演算時間があるらしい。

 指揮車に積んである専用機械並みの情報収集能力。
――この間の戦闘における古谷の射撃も、そもそも戦場に降りた時から戦場全体の状況の情報が人型に入っていたから可能だった。普通、指揮車から送られてようやく全体の状況が補完できるらしいがあの時にそれは行われていない。四号機は、独自に情報の収集・解析が可能なようだ。

 これらの事実があっても上層部は動いていない。
 それが答えなのだろうと古谷は思っているし、そうとなれば古谷の答えだって決まってくる。
 要は、己が死ななければなんだっていいのだ。自分がより有利に生き残れるのであれば、咎める先が何処にもないなら問題はない。
 この件で下手に動いてあの機体を取り上げられるほうが自分にとって不利益だと考えた。

 そう考えることに決めた。
 だって古谷には、彼女の行動を阻む権利は、まったく無い。逆はあっても。
 おそらくこの世界で最も青薔薇姫の行動や決定を拒んではならない存在が自分だろうと自覚している。だからその件で彼女に不利が降り掛からないなら尚更、古谷に出来る事は何もない。

 堤が立てた膝に顔を埋めてくぐもった声で言った。
「私、心配なんです…………あなたの事が」
 その言葉に表面上にっこりと笑って古谷は答える。
「ありがとう。僕は大丈夫だよ」
 波風の立たない穏やかな会話。
 だが同時にやんわりと相手の気持ちから距離を置く言葉。
 おそらく本心に違いない堤の心配も古谷には届かない。何も知らない少女の淡い恋慕は、それを向けられる資格のない古谷には興味がなさすぎる。
(ねぇ、君は、本当の僕を知っても、そうやって顔を紅く出来るのかな)
 きっと違うと確信するから、関心を向ける気にもならない。
 人の汚れた欲望を向けられ続け、そして同時に自身も己の欲望によって多くの血で己の手を染めた。唯一手を差し伸べてくれたひとすら地獄に落として自らは逃げ延びた。
 敵と戦う兵士ならばまだ許されても、只の人が行うには社会的にも倫理的にも許されない域に古谷はいる。


 彼女は名も無き花。何処にでもある、何の毒も無い可愛らしい雑草。
 僕は、毒を持つ花。それを隠すために、誰より美しい姿を纏い自らを守る。

 そしてあの人は、世界に一輪の、どんな毒も侵せない、青い薔薇。実態を持った幻。
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