準備
文字数 1,713文字
初めての出撃から二週間が過ぎた。
この間に4回の出撃があり、四号機の撃破数は百を超えた。勲章が二人の操縦者に贈られ、階級が上がった。
今や二人は関東を代表するエースパイロットだった。
ほんの二週間ではあったが戦果があまりに華々し過ぎる。
他部隊からは青い四号機が訪れる戦場はどれだけ追い詰められていても負けは無いと言われた。事実、どんな末期的な局面もひっくり返しての勝利だった。
いつしか、その機体の色から四号機は『青の機人』と呼ばれた。
もちろんそうなれば噂話は四号機の操縦者にも及ぶ。
そこでは容貌からして目立ちすぎる青薔薇姫ばかりが取り沙汰されていたが、活躍の裏には驚愕の命中率を誇る古谷の狙撃技術及び演算能力があった。最近では青薔薇姫の無茶苦茶な操縦で振り回されることにも慣れ、その機動力が少し下がるのが判っていながらも青薔薇姫の接近戦の最中に一瞬だけ火気系統を回してもらい近距離射撃を行わせてもらえる位になっていた。
彼も充分、人並み外れた能力を発揮し始めていたのだ。
だがあまりに派手な青薔薇姫の容姿と操縦で古谷はあまり話題にならない。
古谷本人は、目立ちたくないために、青薔薇姫の派手さに感謝していた。
「どうしたの?」
昼時も過ぎた食堂で、隊員の一部が集まり、ため息をついていた。
いつも明るい小隊にしては珍しい光景だ。
声を掛けたのは異変に興味があったからでなく、誰かが困っている時には一応声を掛けるのが自分の性格なのだと周りに思わせておきたいからだった。
人が良いと思われる事は面倒もあるが利点が多い。
特にこんな状況においては何も不審がる事なく相手が喋ってくれる。
「あぁ、古谷君か。丁度いい、古谷君にも訊いてみるか」
「うん、何?」
話の内容は、近く誕生日を迎える隊員がいるのでパーティをしたいということだった。
それは恒例行事なのだと言う。
「うん、良いと思うよ」
即座に賛成。しかし内心は、面倒なことを……と毒づいていた。
誕生日を祝うなんて無駄にしか思えない。何がめでたいのかも古谷には理解しかねるし、なんでわざわざ他人のためにそれをするのかも分からない。手間と報酬が釣り合わなさすぎるように思える。
「それでさ、やっぱ誕生日といえばケーキじゃん? 用意したいんだけどさー」
その発言で、彼らが何に悩んでいるのかが判った。
もう長い間この国の戦争は続いている。
終戦が国の崩壊と同じであるこの戦争において国力は戦うことに総動員されている。戦い続けなければ生き残る未来もないから。安定生産されるのは国が指定する人が生きるのに最低限の物資のみになる。そして人の多くが戦場に駆り出されれば、それ以外の多くの生産が殆ど出来ない。
故に、主に嗜好品に関して価格は恐ろしく高騰した。
ケーキやお菓子などは幻の品。砂糖や純正の牛乳などがそもそも街中でお目にかかれない。それらは主に軍部で栄養食として消費されている。
粗悪な代用品で作ることも可能だが、本物には遥かに劣るものにしかならない。
それでもないよりましだと思うのだが、その粗悪な代用品ですら一般の軍人には高すぎる代物なのだった。
そのうえ材料が揃っても、誰が作れるのかという問題もある。
この隊に属する『普通より優れた兵士』に料理の才能を期待するだけ無駄、とも言える。
「前は当てがあったんだけどね、今回は無いんだわ」
「古谷は、なんか良い案無いか?」
悩む隊員に、立ったままで古谷も首を傾げる。
「うーん。材料さえあれば僕も作れないことはないんだけどねぇ」
嘘ではない。彼は料理が得意な部類に入った。
他者からの異物混入を警戒するならば自分で作るのが最も確実だったから。
「材料か……」
重い雰囲気になる。
それが一番難しいのだと、誰しも解っていた。
すぐに策が思いつかないのならば、どれだけ時間をかけて悩んだって誰も解決など出来ない、そういう問題だ。
「まぁ、僕も心当たりを回ってみるよ。皆もそうして? それで駄目ならそのとき別の方法を考えようよ」
これ以上相手をするのが面倒になった古谷の、そんなことは微塵も匂わせない表向き無邪気な笑顔によって、その場は解散した。
この間に4回の出撃があり、四号機の撃破数は百を超えた。勲章が二人の操縦者に贈られ、階級が上がった。
今や二人は関東を代表するエースパイロットだった。
ほんの二週間ではあったが戦果があまりに華々し過ぎる。
他部隊からは青い四号機が訪れる戦場はどれだけ追い詰められていても負けは無いと言われた。事実、どんな末期的な局面もひっくり返しての勝利だった。
いつしか、その機体の色から四号機は『青の機人』と呼ばれた。
もちろんそうなれば噂話は四号機の操縦者にも及ぶ。
そこでは容貌からして目立ちすぎる青薔薇姫ばかりが取り沙汰されていたが、活躍の裏には驚愕の命中率を誇る古谷の狙撃技術及び演算能力があった。最近では青薔薇姫の無茶苦茶な操縦で振り回されることにも慣れ、その機動力が少し下がるのが判っていながらも青薔薇姫の接近戦の最中に一瞬だけ火気系統を回してもらい近距離射撃を行わせてもらえる位になっていた。
彼も充分、人並み外れた能力を発揮し始めていたのだ。
だがあまりに派手な青薔薇姫の容姿と操縦で古谷はあまり話題にならない。
古谷本人は、目立ちたくないために、青薔薇姫の派手さに感謝していた。
「どうしたの?」
昼時も過ぎた食堂で、隊員の一部が集まり、ため息をついていた。
いつも明るい小隊にしては珍しい光景だ。
声を掛けたのは異変に興味があったからでなく、誰かが困っている時には一応声を掛けるのが自分の性格なのだと周りに思わせておきたいからだった。
人が良いと思われる事は面倒もあるが利点が多い。
特にこんな状況においては何も不審がる事なく相手が喋ってくれる。
「あぁ、古谷君か。丁度いい、古谷君にも訊いてみるか」
「うん、何?」
話の内容は、近く誕生日を迎える隊員がいるのでパーティをしたいということだった。
それは恒例行事なのだと言う。
「うん、良いと思うよ」
即座に賛成。しかし内心は、面倒なことを……と毒づいていた。
誕生日を祝うなんて無駄にしか思えない。何がめでたいのかも古谷には理解しかねるし、なんでわざわざ他人のためにそれをするのかも分からない。手間と報酬が釣り合わなさすぎるように思える。
「それでさ、やっぱ誕生日といえばケーキじゃん? 用意したいんだけどさー」
その発言で、彼らが何に悩んでいるのかが判った。
もう長い間この国の戦争は続いている。
終戦が国の崩壊と同じであるこの戦争において国力は戦うことに総動員されている。戦い続けなければ生き残る未来もないから。安定生産されるのは国が指定する人が生きるのに最低限の物資のみになる。そして人の多くが戦場に駆り出されれば、それ以外の多くの生産が殆ど出来ない。
故に、主に嗜好品に関して価格は恐ろしく高騰した。
ケーキやお菓子などは幻の品。砂糖や純正の牛乳などがそもそも街中でお目にかかれない。それらは主に軍部で栄養食として消費されている。
粗悪な代用品で作ることも可能だが、本物には遥かに劣るものにしかならない。
それでもないよりましだと思うのだが、その粗悪な代用品ですら一般の軍人には高すぎる代物なのだった。
そのうえ材料が揃っても、誰が作れるのかという問題もある。
この隊に属する『普通より優れた兵士』に料理の才能を期待するだけ無駄、とも言える。
「前は当てがあったんだけどね、今回は無いんだわ」
「古谷は、なんか良い案無いか?」
悩む隊員に、立ったままで古谷も首を傾げる。
「うーん。材料さえあれば僕も作れないことはないんだけどねぇ」
嘘ではない。彼は料理が得意な部類に入った。
他者からの異物混入を警戒するならば自分で作るのが最も確実だったから。
「材料か……」
重い雰囲気になる。
それが一番難しいのだと、誰しも解っていた。
すぐに策が思いつかないのならば、どれだけ時間をかけて悩んだって誰も解決など出来ない、そういう問題だ。
「まぁ、僕も心当たりを回ってみるよ。皆もそうして? それで駄目ならそのとき別の方法を考えようよ」
これ以上相手をするのが面倒になった古谷の、そんなことは微塵も匂わせない表向き無邪気な笑顔によって、その場は解散した。