文字数 1,363文字

 言われるがままに、回ってきた火気系統の操作をして、照準を合わせてゆく。
 訓練で何度もしていた動きなのにもどかしいのは焦りからか。
 しかしすぐ、古谷の頭の片隅で疑問が生まれる。全ての操作系統を回す…………言うは容易いが、今の段階でその操縦が不可能だからこそ、全ての人型は操縦者が二人なのではなかったか?
「なにをしている! 動かんか、青薔薇姫、古谷っ!!」
 脳裏に弾ける教官の声。
 迫ってくる人類の敵に対して、まったく動きを見せない人型に焦ったのだろう。仮想訓練ではあるが神経は繋がっているので攻撃されれば相応に衝撃を受ける。
 古谷だってそれは知っているし、だから本当は逃げたい。けれど青薔薇姫に言われたから逆らうこともできない。

 綺麗事じゃ生きられない。だから極論、自分が生き残るためなら他の誰を裏切ったって別に良いと、思っている。

 けれど既に。
 既に命を奪うよりも酷いことをしてしまっていたら?

 全ての敵が射程に入り、照準を合わせた。
 同時に向こうの火気の照準にも入っている。
 それを示すように人型に搭載されている警告音が流れ始めていた。
「いっけぇっ!!」
 いつ向こうが撃ってくるのか解らない焦りに押されるように、トリガーを引いた。
 引いた瞬間にすら、失敗だとわかる射撃だった。


「一斉射撃による撃墜数、7。敵、まだ10体残っています」
 訓練学校の、遥かに現実味の無いゲームのようなシミュレーターでの命中率よりも低い結果に古谷は歯噛みする。
 本気だった。その上で完全に雰囲気に飲まれていた自分が情けなく思えて。
 次の瞬間に全ての操作系統が強制的に古谷から切り離された。
 彼に届くのは、ただ人型のモニターが捕らえる映像と、もう一人の操縦者の感覚のみとなる。システムでは切り離しきれない最低限の接続のみが残っていた。古谷からの感覚は恐らく人型にも青薔薇姫にも届いていない。

「掃討する」

 青薔薇姫の、短い一言。
 10体の敵に囲まれ、しかもすでにその全ての射程範囲に入ってしまっている。普通なら、残る手は自爆のみと言えるくらいに絶望的な状況のはずだった。
 しかし、繋がっている古谷に、彼女の心は波のない海のような姿を見せる。

 この日、その場にいた1352部隊のメンバーは、シミュレーションという現実ではない仮想の空間の中に、奇跡を見た。

 標準装備である人型専用のナイフを片手に、架空の戦場を駆ける人型。
 切り、刺し、突き、時には相手の攻撃を利用する余裕さえ見せながら人型――いや、唯一人それを操る青薔薇姫は、冷酷なまでの正確さと、機体・人共に限界を超えた運動能力でもって敵の命を屠ってゆく。

 呆然と、その残虐な殺戮の展開を見るしかない古谷の頭には、小さな歌う声が届いていた。
 旋律のみの、音にもならない響き。死を紡ぐ歌。

 人型以外に動くものが無くなったことに、中にいた古谷を含め、すぐに気付くものはいなかった。


「シ、シミュレーション終了……敵残数、0。人型損傷率、0%……」
 終わったとたん、合図を待たずにシミュレーターの接続を切り外に出た青薔薇姫の行動に急かされるような形で、オペレーターが決められた通りの報告をした。
 古谷は、沸きあがる畏怖に、しばらく操縦席から立ち上がることも出来なかった。

「化け物……」
 外では誰かが、呟いた。
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