噂の主

文字数 1,237文字

 全ての敵を排除し終わって、古谷は大きく息をついた。
 重力にも慣れたし、青薔薇姫を信頼もしているが、やはり戦場は緊張する。
「さて、挨拶にでも行くかな。青薔薇姫はいつも通り車帰って、待っててよ」
「わかった。今日は怪我人が多そうだな」
「あはは。奇襲の方潰すのに思ったより時間掛かったからね。あっちの方が絶対本隊だったよ。まぁ、それでも全速で来たんだし、あれ残ってたらココ全滅は間違いなかったし」
 操縦席内に無理やり作った物入れから救急セットを取り出しながら古谷は笑う。格納車に戻ってそちらのものを取って来れるほど、此処から車は近い距離ではなかったので仕方ない。
 予想外だった。
 ここが戦場になっていることは判っていたし向かっていたけれど、その手前で敵の大群に遭遇した。
 恐らくは背後から襲撃しようとしていたその群を放置するわけにもいかない。しかたなしにその40近い集団を殲滅してから来たのだ。本当ならばもっと早く辿り着くはずだったが、状況からしてこれ以上の時間の短縮はどう考えたって不可能だった。
 ハッチを開けると、遠くの方に甲信越軍が見える。
 どうやら、何人かがこちらに来ようとしているらしい。接近されるとそれだけ離れるのが面倒になる。
「それじゃ、行ってくる」
 振り返って青薔薇姫を一瞥した後、古谷は搭乗席から地面へと飛び降りた。


「あ、あのっ…………え?」
 降りてきた古谷に声を掛けようとした女が、彼の背後で動き出した人型を驚いた目で見る。仕方ない。二人乗りで動かすのが常識の人型から片方の乗り手が降りてきて、尚且つ残った人型が動き出すなど普通暴走にも見える。
 人型は、本来なら一人では動かせない。
「大丈夫ですよ。あれは特別許可を貰って一人で動かせるようになってるんです」
 にっこり笑って、先に言っておく。
 半分嘘。許可なんて貰ってない。いざとなれば無理にでも出してもらえる自信はあるし、こちらの管轄から関東に問い合わせがあったってきっとあちらの上は適当に誤魔化すのだろう。まず自分達が懲罰にかけられる可能性はないから、堂々と断言した。
 線の細い優しい顔立ちの美少年の、見た目は無害で穏やかな微笑み。
 大体の人は、これで陥落してくれるのでありがたい。
 己の外見や雰囲気を利用することに古谷は何の躊躇もなかった。使えるものがあるだけマシだし、そんなものでウケが良くなるならいくらだって使うべきだ。特定の場合を除いて敵なんか作らないに越したことはない。
「君が、あの人型の?」
 腕章から、司令と判る20代後半と思われる男が訊いてくる。
 司令くらいになれば珍しくない年齢層だ。規定の年月を過ぎても軍を辞めずに敵と戦うために残る人間が、基本的には更に経験や学習を積んで司令になるものだから。
「はい。関東軍直属・独立支援型人型機部隊の古谷疾風です。えっと、細かいことは後にしませんか? 怪我人がいるのでしょう、お手伝いしますよ」
 救急セットを示して、古谷はもう一度、鮮やかに笑ってみせた。
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