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文字数 925文字

「古谷、どうした?」
 温泉から戻ってきた青薔薇姫が、装甲車に納められた人型の足元で座り込んでいた古谷を見つけて、声を掛ける。
 暗い中、電気もつけずにそこにいるのをいぶかしんで。
 彼女はもういつも通りの彼女だった。
 あの激しい感情などかけらも見えない、波紋すらない静かな水面のような声。
「関東に報告して……何か変わると思う?」
 顔も上げずに古谷は小さな声で、問いかける。
 これを問うのは狡いかもしれないけれど、自分だけでは決められなかった。
 知った情報は、まだ彼女に言ってない。戦場の青薔薇姫の苛烈さを思い出すと、凄惨ともとれる過去の事実は言い出し辛い。
 だからただそれだけを尋ねたけれど、恐らくあの戦場、そして中部軍の本部で出会った向日葵姫の存在から、彼女はもう多くを察していると思われた。

 近づいてきた少女が、音もたてずに彼の隣に座った。
 ふわりと漂ってくるいい匂いと、湯上りを示す熱。
 お互い、いいお年頃なのだから、この状況でもう少しドキドキしたっていいはずなのだろうが、三ヶ月共にいる中で、どちらもそういうことは無かった。
 ある意味、健全でないと言われそうだが、仕方なかった。

 彼女に、そんな思考は存在しない。
 彼には、そんな対象に考えるには、彼女という存在は大きすぎた。

 宇宙からみて太陽は単なる一つの星だが、地球でそう思う人間は少ない、そんな感じだった。
 問いかけに少し沈黙をした後、いつも通りの静かな声が響く。
「変わるな。恐らくこれは中部軍の独断だ。こういうやり方は、関東のあの上層部の好かないものだ。あやつらの流儀に激しく反している。だから、知れば介入してくるだろう……あそこはあそこで偏屈な者が多いが、過去に全国の研究所を潰した張本人どもだ。お陰で私もこうやってここにいる」
 青薔薇姫の言葉に、古谷の心臓がぎゅっと締め付けられる。
(それは君じゃなくて、僕の)
 多くを語らない彼女の口から時折過去が溢れる時、古谷は己が激しく断罪されていると感じる。
 だが言うなとは言えない。
 だってソレは彼女にとって何の後ろめたさもない過去だ。
 断罪だと思うのは、ソレが罪から生まれた過去だと知っている、そしてその罪を抱えている彼だけの問題なのだから。
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