変化

文字数 1,221文字

 その三日後、誕生日パーティは、関東では信じられないくらい質の良い食料で行われた。
 誰もがほぼ本物の材料で作られた『ケーキ』と呼べる代物を食べたのは生まれて初めてで、主役の隊員に至っては感動のあまり涙し周りにからかわれたけれど、見守る他の隊員も似たような表情だった。
 その裏に、本物の材料を使ったケーキの作り方を記した古い資料を探し回り、施設内では大いに不足している調理器具に辟易しながらもケーキを作った古谷の功績があったりする。



「青薔薇姫、居る?」
 四号機格納庫に古谷の声が響く。
 小隊施設内で開催したパーティはまだ続いていて、ほぼ全員参加だったからこそ格納庫に人の気配はない。
 けれど古谷は此処に彼女がいることを確信していた。
「何だ?」
 呼びかけから間を置かずコックピット内で整備をしていた青薔薇姫が姿を現す。
 当然のようにパーティには来なかったその人の方へと近寄る。
「はい、これ」
 古谷は一切れのケーキが乗った皿を手渡した。
 全員で分けたら一人頭なんかそんなに大きくならなかった一切れ、その中でも一番大きいものだった。
「おすそ分け…………皆から。皆、感謝してるんだよ」
 主役を差し置いて一番大きな一切れを青薔薇姫用に勝手に取り分けた古谷を、見ていた者たちは誰も何も言わなかった。主役すら。
 そして皿を持って出ていく時も、気づいていただろうに誰からも声はかからなかった。
 パーティに呼べるほどに気安くはなれないものの、彼女の行動は明らかに皆の心に何らかの変化は与えているのだろう。そうだったら良いと古谷は思っている。
 ただ、これを一人で持ってきたのは周りの複雑な気持ちを気遣ったからじゃない。
「僕が作ったんだ。食べてよ」
 食べた時の、彼女の反応が気になって仕方なかった。
 もっと時間が経ったら不味くなるのはいくつも試作したから知っている。だから、今持ってくるしかなかった。
「ふむ……」
 素直に手を伸ばした青薔薇姫が数口でケーキを食べた。
 姫なんて名前についているにしてはお淑やかと程遠い豪快さだったが、不思議と違和感はない。
「旨いな。これなら店も出せそうだ」
「あはは、良かった! 材料がいいからね…………っ!!」
 気恥ずかしくなってお世辞で返し彼女を見た古谷の顔が、驚愕した後、真っ赤になる。
 味の余韻に浸っているのだろうか。青薔薇姫が柔らかく微笑んでいる。
 いつもは近寄りがたい雰囲気なのに、その表情は人を強く惹き付ける力を持っていた。その威力は古谷が世渡り用に使っている作った笑顔の数十倍の破壊力はありそうだ。
「どうした?」
「…………ななな、なんでもないっ!!」
 硬直した古谷を、不思議そうに青薔薇姫が見る。
 これ以上は顔を見られたくなかった古谷は慌てて彼女に背を向けると、病気じゃないかと疑いたくなるほどの不整脈を抱えたまま、走り去った。


「おかしな奴だ。しかし、良い奴だ」
 元凶である青き撃墜王は、珍しく独り言を残して作業に戻った。
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