文字数 475文字

 誰も居ないと確認した、物置らしい暗い空き部屋で、電気も点けずに古谷は膝を抱えて座り込んでいた。床が汚れているのも埃っぽいのも気にする余裕がない。
 
 がたがたと震えている。
「違う……違うんだ……」
 小さな呟きが漏れている。

 そんなんじゃないんだ。
 そこに居るべきは、彼女ではなく。

 ずっと忘れようとしていたものが蘇ってくる感覚に、彼は恐怖する。
 樋口の声が頭の中でぐるぐると回っていた。気持ち悪いんだよな、という言葉。
 気にする様子もなく本を読む少女一人に向けられた周りの目線。不快感を隠そうともしない態度。年頃の子ども特有なんてものじゃない。それが異質なものに向ける人間的に凡庸な反応だと古谷はよく知っている。


 彼女は、気がついているのだろうか。


 かみ締めた唇から、血が流れた。
 それにも気付かず、彼は呟き続ける。
 とても小さくて部屋の外を誰かが通ってもきっと聞きつけることがないだろう声で。

「違うんだ……違うんだ…………」

(これは……天罰?)


 何度も繰り返された誰に言うでもないその呟きは。
 行方を捜す上官の放送によって呼び出されるまで、続いた。
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