初戦

文字数 1,303文字

 遊軍が向かうのは必ずと言って良いほどに人類側が不利な局面である。
 群馬の山中のその戦場は到着までに一個中隊が壊滅、友軍として訪れていた付近にある三つの小隊も既に三分の二の人数になっていて、実質戦力を失っているという、
 正に例に違わぬ状況だった。
「敵、数42……これは、多すぎねぇか」
 状況を確認したオペレーターが乾いた声で言う。
 指揮官が乗る狭い指揮車の中で、それは機器の鳴らす音をかき分けよく響いた。
「しかもうち半数が中型…………思った以上に酷いな」
「一号機、二号機及び三号機は戦略Cでの進軍を。目標は友軍の回収、必要以上の突撃は止めてください。今回は我々が生き残ることを最優先とします」
 遊軍であるが状況次第では敗走も選択することは許されていた。
 特に有能な戦力が集う遊軍であればこそ活かされる選局は指揮官によって見極められる。オペレーターが届けた情報により指揮官はこの戦場の勝利を捨てていた。
 いくら人型を四台抱えていても、この状況は勝利を目指すにはあまりに不利だった。
 指揮車の中に古谷の声が届く。
 神経接続より届くその声はどれだけ爆音が響く中からでも、周囲の音を拾わない。接続状況によりそれと音声の声が入れ替えられるのが人型通信の基本だった。
「僕達は?」
「四号機はまだ戦略講義を受けていませんからね。お二人は常に生き残ることを最優先に、他の機体の援護に徹すること。青薔薇姫、我が小隊の経験が長い貴方に判断は任せます」
 指揮官の言葉に古谷は声もなく頷いた。初心者の古谷には任せない、それは妥当な判断だろう。
 ただそれが聞こえた時、古谷は同乗者の笑った顔が見えた気がした。実際には人型の見ている景色しか見えていないのだが。
『他の機体の援護か……この場合、何が一番援護になるだろうな』
 頭の中に、感覚を共有している少女の声が届いた。
 現実に比べ流暢な話し方で。
『前のシミュレーションの時に使った方法をやってみるか?』
 それは現実にはあまりに危険すぎる方法なのではないか、と古谷は返した。

 人型は、搭乗者との神経接続によって動かしている。
 それはつまり人型の受けた損傷は軽減されているとはいえ操縦者にフィードバックされるということだった。人型が全て複座なのは、そのダメージを双方へ分散させるために他ならない。例え直接的なダメージではなくても、損傷の度合いや箇所によっては操縦者のショック死だってありうるから。
 しかし、機動性のみを考えるならば、当然二人分の神経よりも一人の方がいい。
 一人の時と同じだけの機動性を出すためには、搭乗者二人が完璧に同調する必要がある。誤差が大きいほどに人型の動きからは精密さが失われる。しかし日本国内を見ても、それだけの相棒に恵まれた組は五つとないのが現状だった。
『当たらねば良い。そうだな……ではもしこの機体が20%以上の損傷を抱えたら、その時に神経接続を戻そうか。その程度ならお前でも耐えられるだろう。その後は、適当に逃げ回っていれば良い』
 酷く投げやりな案であったが、作戦の時間が迫っていたので仕方なく古谷は同意した。


「それでは各機、展開っ!」
 指揮官の声が届いた。
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