かろうじて平和

文字数 1,223文字

 名古屋市街は、歩いてみれば車から見た以上に平和だった。
 これをただの平和ボケだと思ってしまうのは、いつも前線に立っていたからなのか。

 必要物資の陳情も済み、整備もひと段落したということで、古谷は青薔薇姫を誘って市街地散策に出ていた。
 もちろん私服で、いろんな意味で見た目が目立つ青薔薇姫にはパーカーを被らせてその髪を隠させた。結果としてまだちょっと怪しいのは否めないが、彼女の場合そのまま歩くよりマシだ。
 普段なら外出自体をあまり好まないから駄目もとで誘ったら、意外なことに彼女は黙ってついてきた。

 真っ先に向かったのが軍の銀行だった。
 二人だって軍人なので、毎月給料を貰っている。
 しかし、今の任務に就いてからもう三ヶ月経ったが、ここまでずっと移動に継ぐ移動で手元に給与明細は届かないし、各所にある銀行に行くような暇もないしで、今の自分の預金残高どころか支払われている給料額もわかっていないのだ。日頃使う日用品や食料まで、必要なものは全部物資の補給の中で貰うものだから、自分の金を使う場面も無かった。
 趣味などあれば別だったのだろうが、生憎、古谷はほぼ無趣味だし、青薔薇姫の趣味は人型の整備のようなもの。金が出るようなそれは二人して持ち合わせてない。
 関東を出る頃に比べれば階級も上がってるし。

 ちょっと期待しながら残高照会をする。
 暗証番号を打つと、少しの間があって表示される残高。

 最後に見たときよりケタが二つ増えてる……。

 その、語るのも恐ろしい残高をしばらくみつめた後、古谷はとりあえず少額の払い出し手続きをした。
 名古屋では買い物をする可能性があったから。
 古谷の後から同じく現金を払い出して貰ったらしい青薔薇姫と合流すると、彼女も微妙な表情になっていた。互いに階級もついている任務も同じ、ここまで見る機会がなかったのも同じなのだ、ほぼ同額が増えた状態の通帳を見たのは間違いない。
(青薔薇姫の場合は古谷と会う前から資産があった可能性もあるが)
 とりあえず今の気持ちのままに彼は苦笑で迎える。
「すごい事になってた……青薔薇姫は?」
「似たようなものだ。桁が増えていた」
 言葉ほど彼女は驚いているようには見えない。
「びっくりしたよねぇ、アレ。まぁこれで色々買い物は出来るけど。軍の物資補給じゃどうしても手に入らないものだってあるしね」
 ここまで買い物をしなかったのは、補給で十分というのもあるが、買い物をするだけの余裕がある街に寄る機会が無かったから。それに長く続く戦時下で、物資不足は軍だけでなく民間でこそ恒常的に発生している状況だ。どんなに戦線が安定してきても、生産に限りがある限り豊富に行き渡るのは難しい。
 補給が貰えるから物資に困っていない自分たちが、安易にその街の物資を購入して行くのはどうなのか。
 今までの街で買い物など思いもつかなかったのは、そんな気持ち問題も大きい。
 が、名古屋ならばそんな心配をする必要もなさそうだった。
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