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文字数 2,007文字
不毛な話し合いを終え、やることも無く四番機の格納庫へ行くと、今日もいつも通りに四号機の主がいた。
毎日何をそんなにやることがあるのか、青薔薇姫は今日も黙々と整備をしている。他には誰も居ない。入ってきた彼に気付いているのだろうが、挨拶も反応も無い。
いつものことなので、古谷も気にしない。
整備する青薔薇姫に倣って同じく整備に向かった。
「射撃の命中率、これ以上上げられないかな?」
整備をしながら古谷は問いかける。答えのあるなしはあまり気にしていないが、この手の仕事に絡む事は青薔薇姫の返答率が高い。
常に90%前後の命中率。だが、古谷としては常時100%を狙っている。それが不可能だとも思っていない。演算処理や操作には自信があるし計算上はそれが出る筈なので、後は機体性能の問題だと考えていた。
その確認のために改めて、問いかけた。
「出来る。お前次第だ」
なのに、整備をしながら青薔薇姫はそう返してくる。
「僕はいつも完璧のつもりだよ。何が悪いのかな」
断言するからには彼女は答えを知っている筈だ。
重ねて尋ねる古谷に、青薔薇姫は手を止め彼の方を見た。
「そうだ。お前の計算はいつも完璧だ。問題は無い。それでも命中が100%にならないのは、私が同時に接続をしているからだ。私というフィルターが掛かることにより射撃処理にほんの少しの誤差が生じている。従って打開策としては、射撃時にお前に全ての操作系統を渡せば恐らく100%の命中率は可能になる。しかし、それはお前自身のリスクが大きいし、お前自身の意志が必要となる。だからお前次第だ」
なんでも無いことのように、一気に青薔薇姫は説明をした。
珍しく詳細までしっかりと解説して貰った古谷は、その内容のあまりの現実味のなさに苦笑が溢れる。一人接続なんて無茶、機能的に出来たってやりたくなんかない。
「あはは。成る程ね。それは確かに僕次第だ。それなら今のままでいいや」
例え敵から離れた射撃時のみでも、一人で神経接続をするのは嫌だ。
万が一があれば体は無事でも脳は本当に死んでしまいかねない。
青薔薇姫は、よくまあ最接近戦において一人で接続していて平気でいられるものだと古谷は思う。余程、自分に自信があるのか、それとも痛みが怖くないのか。
「まぁ、確かにお前の射撃は評価に値する。射撃の一瞬だけ接続を全て回せるか検討してみよう。さらに長距離のミサイルを用いるようにすれば、心配あるまい」
「うん、任せるよ」
一人接続は嫌だと思うのに、青薔薇姫には協力したいと思う。死にたくないのに、青薔薇姫のためなら戦場に出るのは仕方ないと思う。
矛盾している、と内心古谷は苦笑する。
だが今はそれが本心だ。古谷はいつもその場凌ぎのように生きてきたし、今だってそんなに変わらない。
整備もひと段落したし会話も丁度終わったのでそのまま出て行こうとして、さっきのことを思い出した。
「あ、それとさ……」
さっきの出来事をかい摘んで話す。古谷以外に彼女に訊く者もいないだろう。
仕事とは無関係だったので返事は期待していなかったが珍しく青薔薇姫は会話を続けた。
「ケーキの材料か」
期待はしていないが、義務だけは果たすために彼女にも問う。予想通りの無表情で、彼女は答えてくる…………
「塩とか砂糖ならば用意出来なくもない」
「やっぱりね…………って、えぇっ!?」
彼女があっさりと言い放ったそれは、まさに幻中の幻。
特に精製には手間のかかる砂糖はほぼ見かけない。甘味といえば代用甘味料だ。
驚く古谷を前に青薔薇姫は平然と話し続ける。
「あれらは保存状態が良ければ賞味期限の無い、半永久的保存食だしな。生きてないし」
説明の意味はよく解らなかったが、とにかく古谷はびっくりした。
「なんでそんな高価な物、普通に持ってるのさ」
「いや、持ってるのではなく持って来れるのだが……そんなに高い物なのか?」
「高いよ! 砂糖なんて特に! だから皆、困ってたんだけど」
きょとんと古谷を見る青薔薇姫。まったく知らなかったらしい。
その顔を見てもしかしてこの人、世間知らずなんだろうかと古谷に疑念が浮かんだ。見た目も言動も浮世離れしているけれど、実は本当に世間知らずなのかもしれない。
「そうか……では他の材料も出来る限りどうにかしてみよう」
「いいの? というか、出来るの? 他の材料だってなかなか手に入らないよ?」
「一週間後か……三日だな。どうにかしよう」
ぶつぶつ言いながら青薔薇姫が仕事の片付けを始めている。どうやらこの後の仕事を止めてまでも材料調達する気でいるらしい。
問題は三日なんて期間、もし不在にしたら懲罰ものであることか。
だが止める言葉を古谷は持たない。
「協力的だね」
「誕生日は、その者が生存する大事な根拠の日だ。祝うにふさわしい」
古谷には分からない理屈を彼女は言い切った。
青薔薇姫は、その次の日から、行方不明になる。
毎日何をそんなにやることがあるのか、青薔薇姫は今日も黙々と整備をしている。他には誰も居ない。入ってきた彼に気付いているのだろうが、挨拶も反応も無い。
いつものことなので、古谷も気にしない。
整備する青薔薇姫に倣って同じく整備に向かった。
「射撃の命中率、これ以上上げられないかな?」
整備をしながら古谷は問いかける。答えのあるなしはあまり気にしていないが、この手の仕事に絡む事は青薔薇姫の返答率が高い。
常に90%前後の命中率。だが、古谷としては常時100%を狙っている。それが不可能だとも思っていない。演算処理や操作には自信があるし計算上はそれが出る筈なので、後は機体性能の問題だと考えていた。
その確認のために改めて、問いかけた。
「出来る。お前次第だ」
なのに、整備をしながら青薔薇姫はそう返してくる。
「僕はいつも完璧のつもりだよ。何が悪いのかな」
断言するからには彼女は答えを知っている筈だ。
重ねて尋ねる古谷に、青薔薇姫は手を止め彼の方を見た。
「そうだ。お前の計算はいつも完璧だ。問題は無い。それでも命中が100%にならないのは、私が同時に接続をしているからだ。私というフィルターが掛かることにより射撃処理にほんの少しの誤差が生じている。従って打開策としては、射撃時にお前に全ての操作系統を渡せば恐らく100%の命中率は可能になる。しかし、それはお前自身のリスクが大きいし、お前自身の意志が必要となる。だからお前次第だ」
なんでも無いことのように、一気に青薔薇姫は説明をした。
珍しく詳細までしっかりと解説して貰った古谷は、その内容のあまりの現実味のなさに苦笑が溢れる。一人接続なんて無茶、機能的に出来たってやりたくなんかない。
「あはは。成る程ね。それは確かに僕次第だ。それなら今のままでいいや」
例え敵から離れた射撃時のみでも、一人で神経接続をするのは嫌だ。
万が一があれば体は無事でも脳は本当に死んでしまいかねない。
青薔薇姫は、よくまあ最接近戦において一人で接続していて平気でいられるものだと古谷は思う。余程、自分に自信があるのか、それとも痛みが怖くないのか。
「まぁ、確かにお前の射撃は評価に値する。射撃の一瞬だけ接続を全て回せるか検討してみよう。さらに長距離のミサイルを用いるようにすれば、心配あるまい」
「うん、任せるよ」
一人接続は嫌だと思うのに、青薔薇姫には協力したいと思う。死にたくないのに、青薔薇姫のためなら戦場に出るのは仕方ないと思う。
矛盾している、と内心古谷は苦笑する。
だが今はそれが本心だ。古谷はいつもその場凌ぎのように生きてきたし、今だってそんなに変わらない。
整備もひと段落したし会話も丁度終わったのでそのまま出て行こうとして、さっきのことを思い出した。
「あ、それとさ……」
さっきの出来事をかい摘んで話す。古谷以外に彼女に訊く者もいないだろう。
仕事とは無関係だったので返事は期待していなかったが珍しく青薔薇姫は会話を続けた。
「ケーキの材料か」
期待はしていないが、義務だけは果たすために彼女にも問う。予想通りの無表情で、彼女は答えてくる…………
「塩とか砂糖ならば用意出来なくもない」
「やっぱりね…………って、えぇっ!?」
彼女があっさりと言い放ったそれは、まさに幻中の幻。
特に精製には手間のかかる砂糖はほぼ見かけない。甘味といえば代用甘味料だ。
驚く古谷を前に青薔薇姫は平然と話し続ける。
「あれらは保存状態が良ければ賞味期限の無い、半永久的保存食だしな。生きてないし」
説明の意味はよく解らなかったが、とにかく古谷はびっくりした。
「なんでそんな高価な物、普通に持ってるのさ」
「いや、持ってるのではなく持って来れるのだが……そんなに高い物なのか?」
「高いよ! 砂糖なんて特に! だから皆、困ってたんだけど」
きょとんと古谷を見る青薔薇姫。まったく知らなかったらしい。
その顔を見てもしかしてこの人、世間知らずなんだろうかと古谷に疑念が浮かんだ。見た目も言動も浮世離れしているけれど、実は本当に世間知らずなのかもしれない。
「そうか……では他の材料も出来る限りどうにかしてみよう」
「いいの? というか、出来るの? 他の材料だってなかなか手に入らないよ?」
「一週間後か……三日だな。どうにかしよう」
ぶつぶつ言いながら青薔薇姫が仕事の片付けを始めている。どうやらこの後の仕事を止めてまでも材料調達する気でいるらしい。
問題は三日なんて期間、もし不在にしたら懲罰ものであることか。
だが止める言葉を古谷は持たない。
「協力的だね」
「誕生日は、その者が生存する大事な根拠の日だ。祝うにふさわしい」
古谷には分からない理屈を彼女は言い切った。
青薔薇姫は、その次の日から、行方不明になる。