エピローグ

文字数 1,135文字

 誰も、いない。
 全ての生ある生き物が、その連鎖を失い消えた。
 …………彼女を残して。

 風が、吹く。
 生きていたもの達が遺したモノは全てがそのまま残っていた。街も、道も、命を持たないものは全てそのままの姿で、荒れるにはまだ、主を失ってからの時間は短すぎた。

 彼女は、アスファルトの上に転がって、空を見ていた。
 他は見たくない。映りゆく空の景色が、それでも生きているように映るから、見ていた。
 何日も、何日も。
 動かなかった。
 時間に、命を攫われたかった。
 だけど、人を超えた身体は朽ちることを許してくれず。
 世界の一部となった心は、狂うことを許してくれなかった。

 終わらせたのは、彼女自身。

 望んだのは、彼女自身。

 彼女が最後に詠った唄が、世界の災厄を滅ぼし、世界に生きる全てのものの連鎖を奪い、彼女を世界に遺した。

 ――そう、私は選択を間違えたのだ。

 どれ程、そうしていただろう。

 声が、聞こえた。
 その瞬間にすら、それがこの世界のものではないことが分かっていた。
 つまり、化け物となった自分は、どうやら異なる次元の世界にすら干渉ができるらしいと知った。ひどく莫迦莫迦しくて、久しぶりに、笑えた。

 まだ、生きているモノがいるらしいその世界から届く音に、耳を傾けた。
 災厄がそこにも訪れているらしかった。
 それはそうだ。
 世界が異なれど、繋がっている。それは、こちらとあちらの時の流れが同じである証拠で、つまり同時に、同じような癌が発生するということだ。
 その世界では、まだ生きるもの達が戦っているようだった。

 この世界は、彼女という特効薬を手にいれ。
 そして、彼女という毒に滅ぼされた。

 災厄ごとなのだから、どんな形であれ、目的は達成したともいえるはずだ。

 ――行こうか、向こうへ。

 いつしか、そう思った。
 行けないとは思わなかった。すでに彼女は『全ての制限を失ったモノ』であったから。
 世界の法則ですら、彼女の下にある。超えられないことは無い。

 罪滅ぼしなどという、繊細な目的ではなかった。
 ただ、自分が存在するという端的な事実に、ほんの少しの重みが欲しかった。

 自分とはまったく関係のない世界を、自分勝手な目的を持って、暇つぶしに訪れる。

 それは、とても傲慢で、自分らしいように思えた。

 今度は、この世界のような結果は有り得ない。
 何故なら、この世界を滅ぼした選択を行った彼女と、今ここに居る彼女は、その選択という行為によって皮肉にも別の存在へと変わっていたから。

 では、どんな結果に?

 彼女は立ち上がる。
 世界を超えて、もう一度、選択を行うため。
 違う世界を、見るために。
 何もない自分のために。


 そして、彼女は、終わった世界から、終わりかけた世界へと、渡った。
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