余暇
文字数 1,805文字
先日の初出動における鬼神のごとき四号機の活躍により、搭乗者である二人は異例の三階級昇進をした。
けれどそれよりも大きな変化は。
青薔薇姫に対する皆の態度が、嫌悪から恐怖に変わった事だった。
しかし古谷疾風に対する皆の態度は、あの戦闘後に真っ青な顔で機体から降りたと思ったらその場で吐いた『かわいそうな』『状況から理解可能な』姿と、その後の古谷自身による世渡り慣れたあざとい立ち回りにより、少なくとも戦闘によって悪い印象が入ることは無く終わった。
毎日、朝九時から夕刻五時までは、戦場へ出動する以外において軍の敷地内に居なければならない。
余程のことがなければその時間帯に外出は認められていなかった。
そして週に何度か決められたプログラム通りに戦闘訓練などの皆で行う訓練がある以外は、個人の責任における自己の鍛錬や機体の整備・調整など自由に職務に当たっていい時間に当てられている。
これが訓練学校との大きな違いだろう。
敷地から出さえしなければ後は何もしなくてもいい。
だが余裕ある時に何もしなければ実際の戦場において自らの寿命を縮める。
そうでなくともここは、常に最前線に放り出される部隊なのだ。所属する誰もがそれを分かっているから自由があると言えど必要以上にサボることはない。
「古谷君、さぼりですか?」
「うん。君も?」
戦術講義などで主に使用される部隊の基本施設にあたる建物の屋上でくつろいでいた彼に声を掛けてきたのは、先日二号機から四号機の整備に移された整備兵の堤 楓だった。
人並みの風貌だが、笑うと可愛い。短く切りそろえられた髪は茶色に染められている。
珍しくはない。品行方正と染髪に関連性はなく、軍部においては男女問わず茶色にする程度ならばよく見かける光景だった。
一昔前は大問題だったとも聞くが戦争の長期化と兵士の低年齢化によってそこは変化したのかもしれない。お飾りの軍隊ならばまだしも停戦交渉も通じない敵を前に長く戦い続ける上では、厳しすぎる規律による士気の低下はそれこそ全体の死活問題になるのだろうと古谷ですら分かる。
少なくとも他の小隊に比べ自由になることが多いらしいこの遊軍部隊は、その職務の厳しさを感じないほどにイキイキしている。
そんな小隊らしさを同じく持ち合わせている堤は人当たりもよく、いつも明るい。その同い年の少女と古谷は、自然と話す機会が増えていた。
「まぁ、そういうことです。隣、いいですか?」
「どうぞ」
にっこり笑いかけると、堤の頬が赤く染まる。
何て分かりやすい、何て簡単な人間。上辺だけの綺麗さにあっさりと引っかかって。
だがそれは良いことだ。誰にも裏切られずに生きてきた証でもあるのだから。幸運は、恵まれている事は、決して悪い事であるべきじゃない。
隣に並んだ堤が話し始める。
「古谷君、青薔薇姫と話が出来るんですよね」
「あはは……会話が成立してるかどうかは僕も分からないけどね」
青薔薇姫は、二人きりの時以外、話しかけても返事や反応はしない。
戦場での雄弁さが嘘のようだ。
しかし戦場での青薔薇姫は自身からの通信を完全に切っているらしく、それを知るのは古谷のみである。
だから寡黙も気にせず普通に話しかける古谷を見て、他の隊員たちはなんとなく彼らは話ができているのだろうと、大体がそう思っているらしい。
誰にでも話しかけられる優しい少年。あの青薔薇姫ですら相手をしているかもしれない少年。そのイメージは古谷にとって好ましい。
「古谷くんから言って貰えませんか? あの人、四号機の整備をさせてくれないんです」
「それはいいけど、僕が言っても無理だと思うよ? あれはずっと彼女が一人で整備してきたみたいだし、今更他の人に触って欲しくないんじゃないかな」
前回の戦闘での最終損傷率は11%だった。
その翌日には、青薔薇姫の手により完璧に修復されていた。整備兵が手を出すまでもなく。
機体をあますところなく覆っていた穢れた敵の体液も落とされ、見るも鮮やかな青の巨人に戻っていた。古谷が来るまでずっとやることの無かったらしき青薔薇姫は、独り学習を続けていたのだろう。すでに整備士並みかそれ以上の整備技術を身につけていたようだ。
少なくともその整備に手落ちはないと確認もされている。
「絶対、変な改造をしていますよ、あの機体。だから見せられないんですよ」
ぼやく堤。
古谷も、そう思う。
けれどそれよりも大きな変化は。
青薔薇姫に対する皆の態度が、嫌悪から恐怖に変わった事だった。
しかし古谷疾風に対する皆の態度は、あの戦闘後に真っ青な顔で機体から降りたと思ったらその場で吐いた『かわいそうな』『状況から理解可能な』姿と、その後の古谷自身による世渡り慣れたあざとい立ち回りにより、少なくとも戦闘によって悪い印象が入ることは無く終わった。
毎日、朝九時から夕刻五時までは、戦場へ出動する以外において軍の敷地内に居なければならない。
余程のことがなければその時間帯に外出は認められていなかった。
そして週に何度か決められたプログラム通りに戦闘訓練などの皆で行う訓練がある以外は、個人の責任における自己の鍛錬や機体の整備・調整など自由に職務に当たっていい時間に当てられている。
これが訓練学校との大きな違いだろう。
敷地から出さえしなければ後は何もしなくてもいい。
だが余裕ある時に何もしなければ実際の戦場において自らの寿命を縮める。
そうでなくともここは、常に最前線に放り出される部隊なのだ。所属する誰もがそれを分かっているから自由があると言えど必要以上にサボることはない。
「古谷君、さぼりですか?」
「うん。君も?」
戦術講義などで主に使用される部隊の基本施設にあたる建物の屋上でくつろいでいた彼に声を掛けてきたのは、先日二号機から四号機の整備に移された整備兵の堤 楓だった。
人並みの風貌だが、笑うと可愛い。短く切りそろえられた髪は茶色に染められている。
珍しくはない。品行方正と染髪に関連性はなく、軍部においては男女問わず茶色にする程度ならばよく見かける光景だった。
一昔前は大問題だったとも聞くが戦争の長期化と兵士の低年齢化によってそこは変化したのかもしれない。お飾りの軍隊ならばまだしも停戦交渉も通じない敵を前に長く戦い続ける上では、厳しすぎる規律による士気の低下はそれこそ全体の死活問題になるのだろうと古谷ですら分かる。
少なくとも他の小隊に比べ自由になることが多いらしいこの遊軍部隊は、その職務の厳しさを感じないほどにイキイキしている。
そんな小隊らしさを同じく持ち合わせている堤は人当たりもよく、いつも明るい。その同い年の少女と古谷は、自然と話す機会が増えていた。
「まぁ、そういうことです。隣、いいですか?」
「どうぞ」
にっこり笑いかけると、堤の頬が赤く染まる。
何て分かりやすい、何て簡単な人間。上辺だけの綺麗さにあっさりと引っかかって。
だがそれは良いことだ。誰にも裏切られずに生きてきた証でもあるのだから。幸運は、恵まれている事は、決して悪い事であるべきじゃない。
隣に並んだ堤が話し始める。
「古谷君、青薔薇姫と話が出来るんですよね」
「あはは……会話が成立してるかどうかは僕も分からないけどね」
青薔薇姫は、二人きりの時以外、話しかけても返事や反応はしない。
戦場での雄弁さが嘘のようだ。
しかし戦場での青薔薇姫は自身からの通信を完全に切っているらしく、それを知るのは古谷のみである。
だから寡黙も気にせず普通に話しかける古谷を見て、他の隊員たちはなんとなく彼らは話ができているのだろうと、大体がそう思っているらしい。
誰にでも話しかけられる優しい少年。あの青薔薇姫ですら相手をしているかもしれない少年。そのイメージは古谷にとって好ましい。
「古谷くんから言って貰えませんか? あの人、四号機の整備をさせてくれないんです」
「それはいいけど、僕が言っても無理だと思うよ? あれはずっと彼女が一人で整備してきたみたいだし、今更他の人に触って欲しくないんじゃないかな」
前回の戦闘での最終損傷率は11%だった。
その翌日には、青薔薇姫の手により完璧に修復されていた。整備兵が手を出すまでもなく。
機体をあますところなく覆っていた穢れた敵の体液も落とされ、見るも鮮やかな青の巨人に戻っていた。古谷が来るまでずっとやることの無かったらしき青薔薇姫は、独り学習を続けていたのだろう。すでに整備士並みかそれ以上の整備技術を身につけていたようだ。
少なくともその整備に手落ちはないと確認もされている。
「絶対、変な改造をしていますよ、あの機体。だから見せられないんですよ」
ぼやく堤。
古谷も、そう思う。