対話
文字数 1,546文字
「青薔薇姫、ちょっといいかな」
整備を行っていた少女が、青銅色の髪を揺らして振り返る。
この小隊の人型四号。ずっと出撃が出来ずに出番を待っていた機体は、最初から彼女用であったのか他が茶色なのに、冬の青空を思わせるような色に装甲が染められていた。
誰もいない格納倉庫の中。
人型四号は一度も出撃の機会が無かった為、他の機体のように専属の整備士も付かず、いままでずっとこの別倉庫にいたらしい。そしてそこは、他に行く当ても無い青薔薇姫がいつも出入りしていることでも有名だった。
青薔薇姫がいないときは、まず人型四号の格納倉庫を見ろ、という具合に。
だから古谷は真っ直ぐここに来た。
「喋ることが出来るのは分かってるんだ。返事くらいしてくれない?」
出来る限り温和な態度を心掛けつつ、顔に世渡り用にいつも使ってきた微笑を貼り付けて、古谷は青薔薇姫と対峙していた。
ここに来て、そろそろ一週間。まだ出撃は無い。
決着を着けなければ、精神衛生上、一緒に出撃なんて出来そうも無かった。例え、共に組む相手が戦闘において類稀なる才能を持ってたとしても。
「……何だ?」
少し間を置いて返ってきた声は、脳裏に響いたそれと同じもの。
深い蒼の瞳が古谷を映す。他のものが恐れる理由が分かると彼は思う。どうしてだか、彼女の持つ色彩は、人間には有り得ないものだから。未知の存在は、それだけで充分恐怖に値する。
「君は、何者なの?」
できるだけ、優しく聞こえるように、心掛けた。
「私についての噂はたくさんあるだろう。その中から好きなモノを選べばいい」
答える青薔薇姫には何の感情も見えない、生きていることすら疑いたくなる表情。姫という呼び名に相応しいだけの容姿があるからこそ、より、畏怖を覚える。だけど、退けない。
「僕は、真実が、知りたいんだ。飾られた偽物が欲しいわけじゃない」
「お前も、その飾られた偽物を後生大事に抱えて生きているのだろう?」
「僕……はっ……」
なじられたのだと、思った。
「今のは不適切な表現だったな。飾られた偽物に、本物より価値が無いなどと誰も言えない。抱え続けるうちに本物になることもある。誰もが真実のみを標榜して生きていない」
青薔薇姫が淡々と続ける。
「私の真実は、お前にとって何だ?」
「…………歩き出すための、力だ」
考えて、古谷に思いついたのはそれだけだった。
青薔薇姫は、彼の言葉に、苦笑した。
それは確かに苦笑と言える表情だった。
「成る程。それは確かに重大な問題だ。補完されねばならないな」
笑うと、彼女はただの年頃の少女だった。
「私は、この世の者ではない。どんな犯罪者でも私の前では赤子同然の罪しか被っていない。今ですら、この世を終末に導くことができるもの、それが私だ。ちなみに今の名前は『有り得ない存在』という意味でつけられたものだそうだ」
意味のわからないことを話して青薔薇姫が古谷から視線を外す。
「今言えることは、これぐらいだな」
「僕が訊きたいのは……」
そんなことじゃないと続けようとした所で、格納倉庫中に聞き逃しようが無いほどやかましいサイレンが響き渡った。恐らくそれは施設中で同じように響いているだろう。
出撃の合図。
古谷がここに来て初めての、出撃。
青薔薇姫が走り出す。整備をしていた人型に乗り込むためには事前準備がいるからだろう。
「他は戦闘終了後に訊くがいい」
一瞬彼女は立ち止まって、突然の状況について行けない古谷を振り返った。
「私と共にある限り、お前だけはどの戦場でも生き残るだろう。だから、今は忘れろ。行くぞ、呼ばれている」
そうしてまた、走り出す。今度はもう振り返る様子もなく前へ。
「何者なんだ……」
さっきとは違う意味で漏れた呟きを残して、古谷も走り出す。
戦場へ。
整備を行っていた少女が、青銅色の髪を揺らして振り返る。
この小隊の人型四号。ずっと出撃が出来ずに出番を待っていた機体は、最初から彼女用であったのか他が茶色なのに、冬の青空を思わせるような色に装甲が染められていた。
誰もいない格納倉庫の中。
人型四号は一度も出撃の機会が無かった為、他の機体のように専属の整備士も付かず、いままでずっとこの別倉庫にいたらしい。そしてそこは、他に行く当ても無い青薔薇姫がいつも出入りしていることでも有名だった。
青薔薇姫がいないときは、まず人型四号の格納倉庫を見ろ、という具合に。
だから古谷は真っ直ぐここに来た。
「喋ることが出来るのは分かってるんだ。返事くらいしてくれない?」
出来る限り温和な態度を心掛けつつ、顔に世渡り用にいつも使ってきた微笑を貼り付けて、古谷は青薔薇姫と対峙していた。
ここに来て、そろそろ一週間。まだ出撃は無い。
決着を着けなければ、精神衛生上、一緒に出撃なんて出来そうも無かった。例え、共に組む相手が戦闘において類稀なる才能を持ってたとしても。
「……何だ?」
少し間を置いて返ってきた声は、脳裏に響いたそれと同じもの。
深い蒼の瞳が古谷を映す。他のものが恐れる理由が分かると彼は思う。どうしてだか、彼女の持つ色彩は、人間には有り得ないものだから。未知の存在は、それだけで充分恐怖に値する。
「君は、何者なの?」
できるだけ、優しく聞こえるように、心掛けた。
「私についての噂はたくさんあるだろう。その中から好きなモノを選べばいい」
答える青薔薇姫には何の感情も見えない、生きていることすら疑いたくなる表情。姫という呼び名に相応しいだけの容姿があるからこそ、より、畏怖を覚える。だけど、退けない。
「僕は、真実が、知りたいんだ。飾られた偽物が欲しいわけじゃない」
「お前も、その飾られた偽物を後生大事に抱えて生きているのだろう?」
「僕……はっ……」
なじられたのだと、思った。
「今のは不適切な表現だったな。飾られた偽物に、本物より価値が無いなどと誰も言えない。抱え続けるうちに本物になることもある。誰もが真実のみを標榜して生きていない」
青薔薇姫が淡々と続ける。
「私の真実は、お前にとって何だ?」
「…………歩き出すための、力だ」
考えて、古谷に思いついたのはそれだけだった。
青薔薇姫は、彼の言葉に、苦笑した。
それは確かに苦笑と言える表情だった。
「成る程。それは確かに重大な問題だ。補完されねばならないな」
笑うと、彼女はただの年頃の少女だった。
「私は、この世の者ではない。どんな犯罪者でも私の前では赤子同然の罪しか被っていない。今ですら、この世を終末に導くことができるもの、それが私だ。ちなみに今の名前は『有り得ない存在』という意味でつけられたものだそうだ」
意味のわからないことを話して青薔薇姫が古谷から視線を外す。
「今言えることは、これぐらいだな」
「僕が訊きたいのは……」
そんなことじゃないと続けようとした所で、格納倉庫中に聞き逃しようが無いほどやかましいサイレンが響き渡った。恐らくそれは施設中で同じように響いているだろう。
出撃の合図。
古谷がここに来て初めての、出撃。
青薔薇姫が走り出す。整備をしていた人型に乗り込むためには事前準備がいるからだろう。
「他は戦闘終了後に訊くがいい」
一瞬彼女は立ち止まって、突然の状況について行けない古谷を振り返った。
「私と共にある限り、お前だけはどの戦場でも生き残るだろう。だから、今は忘れろ。行くぞ、呼ばれている」
そうしてまた、走り出す。今度はもう振り返る様子もなく前へ。
「何者なんだ……」
さっきとは違う意味で漏れた呟きを残して、古谷も走り出す。
戦場へ。