シミュレーション
文字数 1,644文字
配属されて3日、初の人型操縦シミュレーション。
一組ずつ行ってゆく。
組としては最も新しい『青薔薇姫・古谷』組は、一番最後に回された。他の組を見て感じを摑ませるつもりらしかった。
組まされておきながら配属後お互いに未だ一言も話していない。
青薔薇姫に至っては、誰も話しているところを見たことが無い。
隊の誰も、声を聞いたことがないと言っていた。
古谷は順番を待ちながら、そっと青薔薇姫の様子を伺う。
画面に写されたシミュレーションに、何の感情も見えない無表情で見入っている横顔。何かの像のような整った顔。あまりに感情が見えなくて人間らしくないせいか、綺麗な顔なのに良い印象より悪い印象が先行する。
噂ばかりで、誰も彼女の実力を知らない。
今までにあった格闘訓練や模擬訓練でも彼女と組もうという者が今までいなかったのと、軍上層部の彼女に対する異様なまでの過保護な姿勢が、いつも彼女の実質的欠勤を許していたらしい。
本来なら軍規に従って何らかの罰則があってしかるべきのところ、黙認され続けていることも周りの反感を買う一つの理由になっているようだった。
この特殊な遊軍部隊は、彼女の為に用意されたという話もある。
真偽は定かではない。
「次、青薔薇姫・古谷。用意しろ」
教官に呼ばれ古谷は立ち上がり、青薔薇姫も動いた。
シミュレーションは、人型の情報集積部分――人間で言うなら脳の部分を用いて行う。戦闘の情報を流し込んだ人型に、実践と同じく神経接続をして同化した操縦者に、夢のような形で戦闘を体験させる物。その際用いる情報は、過去に実際にあった戦闘のデータ。
夢とはいえ、あまりのリアルさに操縦者の消耗も激しく、慣れないうちは三日に一度が限度の訓練。
仮にやられれば、実際に死ぬのと同じくらいのショックがあるという。
「そうだな……A級難易度、いってみるか。戦闘の厳しさは早めに知ってて損は無い」
思案してから教官が頷いて言った。
難易度はS・特A・A・B・C・D・Eの七段階だから、これは初めて組んで挑む者達に対しては破格の難易度だ。
何人かがはっきり息を呑む。今さっきまで訓練をしていた、すでに組んで半年は経つコンビですらようやく最近Aがクリア出来るようになったくらいだったから。
異変を察した古谷がさすがに意見しようと口を開きかけた。
けれどそのときにはすでに、青薔薇姫が上官の言葉に頷いて、シミュレーターに向かっていた。
「…………」
仕方なく、古谷も向かう。
彼の顔はひどく青ざめていた。気の毒そうに、同僚達がその背中を見送る。誰も波風は立てたくないので。古谷のためでも上官にも当たる教官に対し意見する勇気はなかった。
「システムとの接続、確認」
オペレーターの言葉に従ってゆく。
いつしか古谷は現実ではないが、非常に生々しい世界の中に己が立っていることに気がついた。いや、立っているのは、人型。彼はただ感覚を共有しているに過ぎない。
学校でも何度か体験したが慣れるほどはまだ経験していないので、不思議な感覚に感じる。
すぐ脳内に直接流れ込んでくる情報。
周り中に、20近い『人類の敵』がいて、全てが彼の方を見ていた。
これはシミュレーションだと分かっている。分かっているのに恐怖に凍りつく心。
(こんなの、生き残れるはず、ない!)
過去の誰かが体験したから残ったデータなのだと分かっていたって、その誰かはきっと熟練の人型乗りであって古谷みたいな新人のわけがない。
「落ち着け、大丈夫だ」
耳から入る空気の振動ではない、はっきりした声が、彼の脳裏に弾けた。
驚いて、気がつく。
ここで、こんな風に聞こえるのは、一人の声しかない。
「火気系統の操縦を回す。機体は動かさないから、落ち着いて狙って撃て。そのあとは全ての操作系統を貰う。大丈夫だ。私が死なせはしない。例えこれが現実でなくとも」
涼やかに響き、よく通る声。
青薔薇姫。
この場所に来てから聞いたことなんかない、けれど古谷は知っていた声。
一組ずつ行ってゆく。
組としては最も新しい『青薔薇姫・古谷』組は、一番最後に回された。他の組を見て感じを摑ませるつもりらしかった。
組まされておきながら配属後お互いに未だ一言も話していない。
青薔薇姫に至っては、誰も話しているところを見たことが無い。
隊の誰も、声を聞いたことがないと言っていた。
古谷は順番を待ちながら、そっと青薔薇姫の様子を伺う。
画面に写されたシミュレーションに、何の感情も見えない無表情で見入っている横顔。何かの像のような整った顔。あまりに感情が見えなくて人間らしくないせいか、綺麗な顔なのに良い印象より悪い印象が先行する。
噂ばかりで、誰も彼女の実力を知らない。
今までにあった格闘訓練や模擬訓練でも彼女と組もうという者が今までいなかったのと、軍上層部の彼女に対する異様なまでの過保護な姿勢が、いつも彼女の実質的欠勤を許していたらしい。
本来なら軍規に従って何らかの罰則があってしかるべきのところ、黙認され続けていることも周りの反感を買う一つの理由になっているようだった。
この特殊な遊軍部隊は、彼女の為に用意されたという話もある。
真偽は定かではない。
「次、青薔薇姫・古谷。用意しろ」
教官に呼ばれ古谷は立ち上がり、青薔薇姫も動いた。
シミュレーションは、人型の情報集積部分――人間で言うなら脳の部分を用いて行う。戦闘の情報を流し込んだ人型に、実践と同じく神経接続をして同化した操縦者に、夢のような形で戦闘を体験させる物。その際用いる情報は、過去に実際にあった戦闘のデータ。
夢とはいえ、あまりのリアルさに操縦者の消耗も激しく、慣れないうちは三日に一度が限度の訓練。
仮にやられれば、実際に死ぬのと同じくらいのショックがあるという。
「そうだな……A級難易度、いってみるか。戦闘の厳しさは早めに知ってて損は無い」
思案してから教官が頷いて言った。
難易度はS・特A・A・B・C・D・Eの七段階だから、これは初めて組んで挑む者達に対しては破格の難易度だ。
何人かがはっきり息を呑む。今さっきまで訓練をしていた、すでに組んで半年は経つコンビですらようやく最近Aがクリア出来るようになったくらいだったから。
異変を察した古谷がさすがに意見しようと口を開きかけた。
けれどそのときにはすでに、青薔薇姫が上官の言葉に頷いて、シミュレーターに向かっていた。
「…………」
仕方なく、古谷も向かう。
彼の顔はひどく青ざめていた。気の毒そうに、同僚達がその背中を見送る。誰も波風は立てたくないので。古谷のためでも上官にも当たる教官に対し意見する勇気はなかった。
「システムとの接続、確認」
オペレーターの言葉に従ってゆく。
いつしか古谷は現実ではないが、非常に生々しい世界の中に己が立っていることに気がついた。いや、立っているのは、人型。彼はただ感覚を共有しているに過ぎない。
学校でも何度か体験したが慣れるほどはまだ経験していないので、不思議な感覚に感じる。
すぐ脳内に直接流れ込んでくる情報。
周り中に、20近い『人類の敵』がいて、全てが彼の方を見ていた。
これはシミュレーションだと分かっている。分かっているのに恐怖に凍りつく心。
(こんなの、生き残れるはず、ない!)
過去の誰かが体験したから残ったデータなのだと分かっていたって、その誰かはきっと熟練の人型乗りであって古谷みたいな新人のわけがない。
「落ち着け、大丈夫だ」
耳から入る空気の振動ではない、はっきりした声が、彼の脳裏に弾けた。
驚いて、気がつく。
ここで、こんな風に聞こえるのは、一人の声しかない。
「火気系統の操縦を回す。機体は動かさないから、落ち着いて狙って撃て。そのあとは全ての操作系統を貰う。大丈夫だ。私が死なせはしない。例えこれが現実でなくとも」
涼やかに響き、よく通る声。
青薔薇姫。
この場所に来てから聞いたことなんかない、けれど古谷は知っていた声。