支援

文字数 2,088文字

「人型、敵に接触。小型撃破、続けて中型撃破、中型撃破……」
 殺戮の報告が始まる。
 マップ上で敵を示す赤い点が多く集まる中にあって唯一輝く青い点が、一つずつ確実に赤い点を減らしてゆく。一体に使っている時間があまりに短い。
 その堅実なようで現実離れした状況に、オペレーター以外が静まり返った。
「そういえば、ミサイルも持っているはずなのに何故使わないんだ?」
 ふと誰かが気付いてそう呟いた。
 青の機人の特徴は戦場における圧倒的制圧力であるが、それが単なる各個撃破による記録ではないことを一部の者たちは知っている。接敵前の中距離射撃の異様な命中率は一度でも記録を見たら忘れようがないが、今回彼らは射撃をまだしていない。
 それに答えるように、たったいま戦闘を繰り広げている人型からの通信が入る。
『関東軍直属・独立支援型人型機部隊、これより支援を開始します』
「……なんだと?」
 いきなりの宣言に総司令は訊き返していた。
 青い人型からの返事はない。
 その代わりに彼らの動きによって戦況が変化する。
「人型、ミサイルを発射。…………えぇっ!? そっちは、えぇっ!!」
 そのかわり、発射の報告をしたオペレーターが少しの沈黙の後、素っ頓狂な声をあげた。いつにない動揺に聞いた周囲にも動揺が感染し司令室内には落ち着かない空気が流れる。
 続く報告が来ないことに焦れた総司令が檄を飛ばした。
「どうした、報告をしろ!」
「はい……人型の放ったミサイル、現在関東軍が展開している戦線の後方にいる敵20体に全弾命中…………内9体の小型撃墜」
 オペレーターの報告に、静まる指令室。
 この辺りから関東の戦線にまで届くタイプのミサイルは確かに人型にも装備出来るようになっているが、通常戦闘で使用するものより大きいのもあって戦闘中に使用することなど想定されていない。
 それを撃ち込み、なおかつ全弾当てる。
 これが青の機人でなければオペレーターの確認ミスを真っ先に疑う所だった。


 その間にも青い人型の殺戮の手は休まる事は無い。
『これくらい、当然だよねぇ。僕ら支援専門だもの』
『そうだな。不利な者を助けるのが我々の任務だ。それが他の任務の最中でも』
 当の本人たちは無傷の青い人型の中でくすくす笑う。
 青薔薇姫は圧倒的多数を相手に接近戦の真っ最中、古谷は二戦線分の戦況分析と次の照準設定の真っ最中だが、二人の態度にはまだ若干の余裕があった。
『もう一回いくよ。次が成功すればあっちもだいぶ楽になるはずだし』
『ここが終わったらすぐに向かうが、その時には向こうも終わってるかもな』


「再び人型がミサイルを発射。同じく関東軍の戦線上の敵に全弾命中。小型5体、中型7体撃破。あ、その間にも此方の中型4体、小型1体撃破」
 オペレーターが追いつかない。
 二つの戦線の状況を同時に説明するなど想定したこともないのだから当然だったが、それを加味しても地上戦における進行が早すぎる。
 青の機人は驚異的な撃破能力でもって、彼らの目の前で噂を実証しつつあった。
 オペレーション以外は静まり返る室内で突然アラームが鳴った。他所からの緊急連絡を示すそれをオペレーターは反射的にオンにする。戦場においては確認の一往復だけでも戦況が悪化する可能性があるため緊急連絡に限っては確認なしの受電権限を与えられていた。
『関東軍より甲信越軍へ。私は関東軍・甲信越軍共同戦線担当総司令の高木である。二度に渡る援護射撃に感謝を。しかし、この戦闘終了後にそちらの総司令殿に直接お会いしてお話を伺いたいのだが』
 届いたのは関東軍からの通信。
 聞こえてくる男の声は低く、何かを抑えているようにも聞こえた。
 今更ながらに青の機人の『支援』が引き起こしたもう一つの事態に気が付いて、室内にいた甲信越軍総司令以下その幹部達は表情が凍りつく。
『どうして、我が関東軍直属の独立支援型人型機が、そちらの戦線で、単独で戦闘をしているのか、納得のゆく説明が欲しいものですな』


 一方その頃。
 青い人型の中で古谷は人の悪い笑みを浮かべる。関東軍からの通信を傍受したのだ。
『関東も気が付いたみたいだよ。怒られるだろうねぇ』
『まぁ、これくらいの報復は当然だろう。正当な代価だ』
『そうだね』
 むしろ古谷の方はここまで想定した上で長距離射撃を提案した訳で、少しだけ溜飲が下がる思いである。
『あ、気付いた? これ終わると撃破数450超えるよ僕たち』
『また勲章が増えるな。嬉しいか?』
『うー、微妙かな。そんなのいいから早く平和になって、平穏な暮らしが欲しいよ』


 その時は、私のいなくなる時だ。


『え、何? 何か言った、青薔薇姫』
『いいや、何も。もうすぐここが一掃出来る。関東の方はどうだ?』
『えっと、大丈夫そうだよ。あと5体もいない』
『そうか。じゃあここが終わったらそのまま湖にでもいくか』


 富士五湖に置かれた関東・甲信越の戦線が沈静化したのはその二週間後の話。
 その後静岡経由で名古屋へと向かう青の機人は、立ち寄る先々で都市伝説のような噂を残す。
 噂の中で、いつの間にか彼らの名称は『青い服の機人』になっていた。
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