命令

文字数 1,367文字

 本当にたまたま、最初に甲信越軍陣営にやってきただけだった。
 だから本来ならすぐに自分達の直属でもある関東軍陣営に向かっても良かったのだが、その前に甲信越軍の幹部に捕まってしまった。
 管轄が違えど直接呼び出されてしまったら向かわざるを得ない。離れた場所に陣を構える関東軍側に相談するような時間も与えられなくて、嫌な予感がしていたって軍人である古谷が出来る行動など一つだった。
「関東軍直属・独立支援型人型機部隊所属、古谷疾風中佐です」
 いつものごとく、呼び出された先に来たのは古谷一人。
 青薔薇姫は装甲車の見張りがてら装甲車に残してきた。連れてきても何の役にも立たないだろうし、軍の敷地内であるからこそ自分達の車を放置できない。
 不在になんかしたら誰に侵入されて何をされるか。
 敬礼をしつつ名乗った古谷に、部屋の一番奥で座ったままの青年が驚いた顔をしている。理由は不明だったが関東軍は古谷たちの年齢を公にしていないから、そのせいだろう。
「君が、あの『青の機人』の?」
「我々がそう呼称されているらしいのは、認めます」
 まさかこんな若い子が、と言いたげな反応は此処にくるまでにもよく見たものだ。
 とはいえ驚いている方の甲信越軍の最高責任者だって、なかなかに若い青年だった。他に並ぶ者たちも、皆総じて歳若い。この辺りの地域では最も大変な戦場を任されていると考えたら異例にも見える若い司令官だと古谷は思う。
「そうか。まさか本物にお目にかかれるとは思わなかったよ。例え噂が半分誇張であったとしても、君達の活躍は素晴らしい。それで、どうしてここへ?」
 どうにか気持ちは立て直したか、要らぬ嫌味まで混ぜる余裕まで出てきたらしい青年将校が笑いながら言う。
 その笑顔が胡散臭いというより性格が悪そうで、軍人らしいなと古谷は感じた。軍部で上に行くような人間がまともな訳がない。たとえ人類の敵が人間じゃないとはいえ、軍とは何かを大量に殺めることに何の呵責もない人間ほど上に立つ場所だ。
 だから今更そんな反応をどうとは思わない。
 古谷は自分達の任務と、此処に来た経緯をかいつまんで説明した。
「君たちに頼みがある」
 古谷の話の後に、青年はそう切り出してきた。
 そういえば古谷の方はまだ名乗ってもらってすらいないが、忘れていると言うより名乗る気もないのだろう。それも合わせて嫌な予感は強くなる。
「しばらく我が甲信越軍の陣営にて滞在しては貰えないだろうか。関東軍直属とはいえ必ず向こうに行かなくてはならないということもあるまい? 事情は私から説明しておく」
 事実上の、命令。
(面倒臭いなぁ)
 この後に自分達がされるだろう扱いが、なんとなく予測出来てきて古谷は内心だけで嘆息した。現時点の立ち回り次第で回避は出来そうだが、恐らく青薔薇姫の方は嬉々としてそれに乗りたがるだろうから、回避は諦める。
(だってあの人、暇さえあれば少しでも戦いたい人だし)
 本当は物凄く嫌なのだが。まだ知り合いがいるかもしれない関東側に行きたいのだが。
「此方としては必要な物資と場所さえ頂ければ、構いません」
「そうか。では、後で必要な物資のリストを提出。待機場所は陣内どこを使ってくれてもいいが、無断で出ていくことはないように」
「ありがとうございます」
 いつもの営業スマイルで古谷は礼を述べた。
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