終了

文字数 2,004文字

 青薔薇姫が延々と防戦を続けているのは、単に向日葵姫を倒した際に発生する何らかの問題を危惧してくれているのだろう。
 それを担当するのは主に古谷の方だから。
 しかし結果として、訓練程度で果てし無い消耗戦をされる方が問題だろう。
「これじゃ埒があかないよ。いいや、やっちゃって青薔薇姫」
「しかし……」
 気遣ってくれるのは嬉しい。だが、古谷だって彼女を気遣うから、他に結論はない。
「後のことは何があっても僕がどうにかするから、ね?」
「了解した。やってみよう」
 重ねて言えば、青薔薇姫は諦めたようにそう言った。



 途端に雰囲気の変わる、青い服の機人。
 獣のような視認の難しい動きで、あっという間に鞭を振るい続ける黄色の人型の懐に飛び込むと、相手に攻撃の隙を与えることなく地面に組み伏せてしまう。
 その衝撃で、大きな音と共に練習場の砂埃が舞い上がった。

 二人での神経接続ならともかく、もし向こうも一人接続だった場合、この衝撃だけでもかなりのダメージが操縦者に跳ね返っているはずである。
 生身で勢いよく地面に叩きつけられるようなものだ。
「終わりだ」
 自分にだけ届く青薔薇姫の声に、古谷もそれを疑わなかった。


「終了っ!」
 外でも、審判のスピーカーによる放送の声は青薔薇姫とほぼ同時だった。



「…………ぅああああぁぁぁぁああああっ!!」



 頭を貫くような甲高い叫び声が突然、通信機から響き渡る。
 その音量に古谷は身体を竦ませ驚いたが、青薔薇姫の方は声に対する反応の前に、咄嗟に人型を後方に大きく退かせて回避行動を取らせていたらしい。
 一瞬の後、さっきまで青の人型がいた所を通過した近接用のミサイルが空中で爆発する。
「ななな、何っ!?」
 古谷すら状況に追いついていけずに動揺する中、青薔薇姫は冷静なままだった。
 普段と変わらぬ声音が届く。
「……向日葵姫だろう。本当に薬物中毒なら、正常な判断力を失っている可能性がある」
 その落ち着いた声に冷静を取り戻したものの、落ち着いた脳内で受け止めたその内容は恐ろしい。ぞっとしながら古谷は外部モニターをみる。

 よろり、立ち上がる黄色の人型。
 明らかにさっきの様子とは違う。
 その不穏で異様な動きに不気味さを感じて、古谷は背筋が凍る。
 映画などという娯楽に無縁なこの時の古谷には知る由もなかったが、後に彼は『ゾンビ』なる虚構の存在の動きがこの時の黄色の人型と酷似していることを知った。

 青薔薇姫の方は特に何も感じていないらしく外の状況を冷静に解説してくれる。
「うむ、むこうは我々を敵と認識したらしい。アレが殺る気満々、ってやつだな」
「冷静に言わないでよ青薔薇姫っ!! まずいよギャラリーも多いのにまたミサイルなんでぶっぱなされたらどうする? 早く止めなきゃ」
「同感だ。というわけで始末書は頼んだ、古谷」
「……はい?」

 再び飛び出す青薔薇姫の操る、青い服の機人。
 さっきと異なるのは、その手に煌くナイフの存在。

 理性を感じない無茶苦茶な動きで襲い掛かってくる黄色の人型に組みついて、ナイフのみで無理やりミサイル装備を引き剥がして空へと投げた。
 かなり上空でそれは爆発する。
 その作業の間に黄色の人型の持っていたナイフが青い服の機人の腹を抉っている。抉られた部分から体液が噴出し、お互いの機体の色をどす黒く染める。

 それには構わず、次に青い服の機人は眼前の相手に向かい真横にナイフを振り切った。

 ——ごとっ。

 すぐそばに落ちた黄色の人型の頭。
 間を空けて、勢い良く黄色の人型の首から体液が、噴水のように噴出して辺りを、そして青い機人の全身を黒く染めていった。
 力なく崩れ落ちてゆく黄色の人型。
 それを見下ろす本来は青い、今は赤黒い体液の色に染まった人型は、自らの腹に刺さったままのナイフを引き出して、傷口に手を添える。
 体液の噴出が止まる。

 機内では聞いたことないほどに多くの警告音が鳴り響いていた。
「洗浄の前に応急処置が先だな……」
「損傷率が! 青薔薇姫、神経半分回してよ、痛いでしょ!!」
「いや、今は私の力で損壊を止めているんだ。それよりも、装甲車まで戻るから、まず外から応急措置をしてくれないか。長時間はもたないんでな。このままだとこの人型も危険だ」

 ゆっくりと、青薔薇姫は人型を歩かせ始める。
 二人とも、動かなくなった黄色の人型に関してはあえて何も言わなかった。

 神経接続をしているのだから頭を切り落とされた衝撃は脳に達しているはずだ。
 それが一人接続であるなら、実際にそれをされたのと同じ……身体にはなんら損傷が無くとも、ショック死は充分にありえる。むしろ、そうならないわけが無いくらいだった。

 他に方法が無かったとか、自分達を守るためだったとか。
 どんな事を並べても全部空々しく響きそうで、何か言うことを古谷は止めた。

 戦場で、敵を屠るのと今と、何の違いも無かったのだと、解っていたから。
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