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文字数 1,141文字

「傷、後に残るかなぁ」
「大丈夫だろう。なかなかの回復力をしているからな」
 しばらく湯に入れた後の、人型の水気を拭き取る作業はかなりの重労働だったりする。
 二人掛りで三時間程、丁寧に乾かしてゆく。
 コレをしないと人型が風邪をひく、というのは青薔薇姫の言葉であるが、実際に風邪をひいた人型など聞いたことが無いと古谷は思う。だからそれはむしろ水分を残すことによる生体部分以外への影響(金属に温泉は相性が悪い)への配慮によるものだろう。
 それに、今や人型の開発者よりもこの機人のことを熟知してそうな彼女の意見を、無知な自分が一笑にする事もできない。
 従って、毎回素直にこの作業に勤しむのだった。

 なおこの後には、服を着せる作業が残っている。
 これはさすがに手作業ではなく青薔薇姫が操縦して着せるのだが、過程で手伝いが要らないわけでもない。

 服を最後まで着せ終わった後。
 近くに止めた装甲車から、近くの戦線を察知した合図の音が聞こえてきた。最近は軍からの情報通信の知らせよりも聞き慣れたそれに二人は同時に反応し、動き出す。
「僕らまだ温泉入ってないのにっ!!」
 嘆く古谷に、人型の手が差し出される。
「仕方ないだろう。近いようだから、このまま向かうぞ、乗れ古谷」
 スピーカーから青薔薇姫の声。それにすぐ応えようとして、ハッと古谷はその前にすべき事を思い出した。
「装甲車の鍵閉めるからちょっと待ってて」
 近くの戦場を前に、装甲車をおいていくのはいつもの事だ。
 だが鍵を閉めなければ盗難他の問題がありえる。今いる場所が人の気配がない見捨てられた温泉地であっても、絶対はない。
 慌てて古谷は装甲車へ戻って鍵を閉めてきた。


 程なく辿り着いた戦線。
 元は畑が広がっていたのだろう長閑な平野。


 関東軍直属・独立支援型人型機の持つ独自の手段で、いつものように情報を収集してから戦線の状況をマップ化した古谷は、自分が何か失敗したのかと本気で思った。
 この辺の処理は、青薔薇姫より古谷が得意としている。だがその得意分野でまで失敗をしては、常に近接戦闘を受け持ってくれている相棒に申し訳が立たない。
 念のためもう一度、作業をやり直して、今度は頭を抱えた。
 何も、変わっていない。
「古谷、どうした?」
 いつもならすぐに情報をくれる古谷からの反応が無い事にいぶかしんだのだろう。
 青薔薇姫の問いかけに彼はちょっと泣きそうになった。できればこんな発言はしたくなかったが。
「……僕の腕を信用してる?」
 
 なんて情けない問いなのだろう。
 得意分野ですら、胸を張って報告できない。

「正確には信頼だ。お前の持っている力を過小評価した覚えは無い」
 だが即座に返された青薔薇姫の答えに、「降参」と呟いて古谷は戦線の状況を彼女に送った。
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