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文字数 1,374文字

 その後、街を歩いて気が付いた。
 街並みは綺麗だ。
 だけど、店の品揃えは関東よりもずっと少なく貧弱だということを。この国の物資の流通を考えれば、北日本から離れるほど不足気味になって行くのはおかしくないが、名古屋に限っていえば街の外観との違和感が激しい。
 公共交通機関はほとんど機能していないも同然で、昔は公共の交通機関だったらしい地下鉄は完全に軍用になっていて民間には解放されていないようだった。
 よくよく見れば、道を走る車も、道を歩く人の数も極端に少ない。
 単純な物資不足よりも深い問題があるように見える。
「これは……」
「どうなんだろうね?」
「おおーいっ、ふっるやーんっ!!」
 顔を見合わせ二人がいぶかしんでいると、後方から底抜けに明るい女の声。
 古谷をそんな風に呼ぶ女性は今の所一人しかいない。
「あ、向日葵姫」
「どうしたの? 何してるのっ?」
 さっき別れた時と違い普段着らしい衣服になっている向日葵姫は、パッと見た限り軍人に見えない。
 結構な勢いで走り寄ってきた彼女に古谷は、買い物に来た事を簡単に説明した。
 話している間、黙って聞いて向日葵色した髪の少女はこくこくと頷いていたが。
「あー、この街で買い物したいなら表じゃダメだよ。裏いかなきゃあ。場所教えてあげるね」
 あっさりそう言った向日葵姫に案内されたのは、とあるビルの地下。
 外からは店だとすら解らない様に細工されている入り口、裸電球だけが照らし出す薄暗い店内。向日葵姫は入り口まで二人を案内した後「私も買い物あるから!」と言って、すぐいなくなってしまった。
 とりあえず入ってみたものの、二人は天井まである大きな棚が並んだ迷路状の店内を見て、呆然とする。
「裏……ねぇ」
「確かに裏のようだな。見てみろ、ほら」
 青薔薇姫の指し示す棚に並んでいるのは、二人が掃いて捨てるほど持っている、勲章。
 軍で支給されるそれは、当然非売品である。その勲章で受けられる優遇もある。
 その販売金額がまた微妙で、古谷は苦笑いした。
「あはは……結構いい値段だね。困ったら売ろうか」
「今の所そんな日は来そうにないがな」
 自分たち以外にもまばらに人のいる店内を見て回る。

 表の店に比べればかなり、品揃えはいい。
 珍品・貴重品の類もある。
 そして、どれも値段が相場の倍だ。
 今の二人が手を出せない程の額では無いが、普通の庶民向け商売は出来まい。

 この街の現状が、見えた気がした。



 とりあえず買い物を済ませ、向日葵姫とは合流しないままに店を出た帰り道。陽が落ちて多少街の見た目は変わっていたが、人がいないのだけは変わらない。それなのに建物は妙に綺麗で。
「この街は、崩れる直前の砂の城の様だ」
 青薔薇姫が前置きもなく、ボソッと呟いた。
「ここに住んでいるのは、アレが買えるような人たちなんだね」
 自分達のような。でもそれは一部だと、古谷にもわかる。彼の返事に、前を向いたままで青薔薇姫は言う。
「そうだ。ならば他の普通の者は、一体何処にいるのだ?」
「それに、どうして此処だけが、こんなに安全なのかな」
 それを考えると、ひどく嫌な感じがして頭の奥がぐらぐらとしてくる。

 今までに培ってきた生きるための勘のようなもの、或いは危機を感じる本能のようなものが、この先に見たくない現実があることを必死に古谷へ告げようとしているようだった。
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